坐禅...自らに向き合えば、新しい自分にきっと出会える!

法話:書庫3 2013年1月 ~ 2014年12月

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法話:書庫3 2013年1月 ~ 2014年12月

2014/12/21~31   年の瀬、感謝と慎みで

講師 香川県 南隆寺 大石光昭師

七十歳を過ぎて坐禅とご縁のできたMさんは真言宗のお
寺の檀家さんですが、私のお寺の行事にもよく参加して
下さっていました。

坐禅後の茶話会では、若い参加者に「あんた達はええな
あ!私もあんた達みたいに若いうちに坐禅と縁があった
らさぞ良かったのにと思うわ。」と、

私の代わりに「坐禅と出会えた幸せを感謝しなさいよ」
と言わんばかりに声をかけて下さり「坐禅の間は、周り
には仏さん等が大勢坐っとるし、余計な心配も危いこと
も何ひとつないし、いやあ、ここの坐禅堂こそが極楽そ
のものですわ。ここは有難いとこでえ」と

ほかの参加者を見渡しながら、皺が深く刻まれた顔に優
しい笑みを浮かべて話されておられました。

またある時は、「私はちっとも真面目じゃないのに、周
りからは真面目だとか、ええ人だとか言われて、若いこ
ろからずうっと猫を被って生きてきました。坐禅をさせ
てもらうようになって、この歳まで来たら死ぬまで猫を
被りつづけたらええわ、と思うようになった途端に心が
軽うなりましたわ。」という言葉には、常日頃から自分
自身を戒めておられる慎み深さを感じました。

信仰心の篤いMさんは、暮れになると町内のお堂や祠な
どのしめ縄をいくつも作り、架けかえておられ、坐禅に
来られるようになってからは、私のお寺の鎮守さんにも
立派なしめ縄を奉納して下さっていました。

ある年の冬至の夜、鎮守さんの星供養のご祈祷法要に、
Mさんの姿が見えません。それどころか新しくなってい
るはずのしめ縄も古いままです。

次の日、鎮守さんのお札を持ってご自宅を訪ねると、座
敷の襖の間からMさんの遺影が見えるではありませんか。

息子さんの話では、数日前の日曜日、坐禅会から帰った
後、しめ縄づくりのため納屋の中二階に上がろうとして
梯子段から後ろ向きに落ちて、頭を打ったらしいという
ことでした。

納屋は、藁(わら)仕事をしている場所とは思えないく
らい綺麗に整頓され、清らかささえ感じるほどでした。

その場所を拝見させて頂いたとき、毎日を感謝で過ごさ
れたMさんの八十数年の生涯を一瞬垣間見たように思い
ました。

鎮守さんに飾られるはずだった作りかけのしめ縄も、蛇
がとぐろを巻くように、しかし力なく横たわっていまし
た。

年の瀬の忙しさにかまけることなく、一年を無事送り、
またひとつ、新しい年を迎えることのできる有難さをよ
くよくかみしめて、感謝と慎みをもって過ごしたいもの
です。

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2014/12/11~20   幸せとは??

講師 愛媛県 福成寺 本土悠悟

幸せとは何か?と聞かれたときに、健康であること。日
々の暮らしに困らないこと。あるいは、充分なお金があ
って、ほしいものがいつでも手に入れられることなど、
世間的な目で恵まれた境遇にあることを幸せと答えるこ
とが多いのではないでしょうか?

けれども、その逆に、たとえお金持ちでなくても幸せに
暮らしている人も多いと思いますし、病の床にあっても
幸せを感じている人もおられるのではないでしょうか?

また、健康であっても不幸な人はいますし、お金があっ
ても幸せでない人もいます。

健康であっても、家族が不和であったり、お金があって
も、子どもがぐれてしまったりして「なぜ、こんなこと
が私ばかりに起こってしまうのか」と悩んでいる人もい
ることでしょう。

では、私にとっての幸せとは何かと問われたら、「どんな
ときでも、楽しく生きられること」なのですが、なかなか
すべてがうまくいくとは限りません。

様々な幸せの姿がある中で、自分自身の幸せに気づいてい
く一つの方法は、素直な心になるということではないでし
ょうか?

素直な心。別な言葉でいうと、柔らかさといってもいいか
もしれません。

お釈迦さまは柔和な心をとても大切にしました、悟りを深
めていくと柔和な心を得るというのです。

この柔和な心、柔らかい心というのは、たとえて言えば、
付きたてのお餅のようなものです。

私のお寺では、毎年、暮れになると餅をついて鏡餅をいく
つも作り、仏様にお供えします。

付きたてのお餅は柔らかで、どんな形にでもなるので、簡
単に鏡餅を作ることができます。

このお餅を、心に当てはめてみると、自分の考えもあるの
だけれど、心を柔らかくして、相手の気持ちをまず察し、
相手の身になって考えてみるということです。

相手の身になって考えてみると、今まで気がつかなかった
ことがたくさん見えてくるはずです。

鏡餅は七草が過ぎ、鏡開きの頃ともなると、硬くカチカチ
になっています。

これを心に当てはめてみると、意固地という心境ではない
でしょうか?

意固地とは、「かたくなに意地を張る」と言う意味で、お
餅がカチカチになってしまった姿にそっくりです。

そこには相手の気持ちを察する気配はありません。ですか
ら、相手のしてくれていることに気づかないのです。

心を柔らかに、素直にしていくことが、自分の幸せに気づ
く大切な方法で、その心を大切にしていくことによって、
自分の幸せに気づくだけでなく、有り難いという感謝の心
をも育ててくれるのではないでしょうか。

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2014/11/21~30   目の前のしあわせ

講師 高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

経済大国と言われていた日本ですが、近年、その輝きが
失せ、色あせてきたように感じているのは私だけでしょ
うか。

せっかく家を建てたものの突然のリストラに遭ってしま
い、どうやって返済していけばいいのか途方に暮れる人
が大勢おられます。今年の春の消費税増税では、私たち
は買い控えをすることで、日々の生活をやり繰りしてい
ます。

そこで、お聞きいたしますが、あなたは今の暮らしに満
足し、本当に幸せだと感じていますか?

私たちが普段着ている服を例にして考えてみましょう。

世間を見渡してみれば、どう拝見いたしましても、昔で
いえば一張羅であります。穴が開いたり破れたりして、
継ぎはぎだらけの方を見ることは、まずありませんでし
ょう。小さな子供さんからお年寄りまで、身ぎれいに小
ぎれいになさっておられる。

食べ物でもそうですね。食事制限をしているような方で
ない限り、食べ物の心配をすることは、ほとんどありま
せん。おまけに、日本に居ながら色々な国の料理だって
食べることができます。

住むことに関しても、立てつけが悪く隙間風が入ってく
るような家は、最近見なくなってまいりました。また、
家電製品の性能は日進月歩で私どもの生活を快適にして
くれています。

でも、なぜか不平不満だらけになっています。何故でし
ょう?

物に恵まれている我々日本人。その日本人に対して、あ
る調査で「あなたは今、幸せですか?」と質問した結果
が出ていました。その結果は、「はい、幸せです」では
なくて、「やっぱり、どちらかと言えば幸せなんやと思
う」に留まるのです。 

インドと中国の間にブータンという国があります。ブー
タンは仏教を国教とする国で、規模としてはとても小さ
な国です。

そのブータンで同じ質問をしてみると、95%の方が「は
い、幸せです」と答えるというのです。我々日本人で、
「はい、幸せです」と答えたのは、僅か8%です。

我々日本人は、物に恵まれてはおりますけれども、なぜ
か心が満たされていないように感じているということな
んですね。

物やお金に振り回されるばかりで、心がそれについてい
けない、伴っていけないんでしょうね。

でも、その幸せは人さまが決めることなんかじゃなくて、
自分自身が決めることなんです。

今、自分が幸せではないと感じているあなた。自分を誰
かと比べていないでしょうか?幸せは、誰かと比べると、
もっともっと遠のいていってしまいます。

本当の幸せは、物やお金といった物差しで測るのではな
く、「心」の持ち方であろうと和尚は考えるのです。

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2014/11/11~20   しぜんの姿

講師 徳島県 黒松寺 矢野通玄師

今の時季は紅葉の季節で、山は色とりどりの錦に飾られ
ています。でも、紅葉狩りに行かれて見事な景色に見と
れる時もあれば、散り果てた枝に出会い、何か寂しい思
いをすることもあるのではないでしょうか。

道元禅師のお歌の中に、「峰の色 渓の響きも みなな
がら わが釈迦牟尼の 声と姿と」と、あります。

禅師様は、山をお釈迦様に喩え、景色の移り変わりをお
姿に、そして渓の響きや鳥の囀りは、そのままお釈迦様
の説法であると、とらえ詠われております。

また、お釈迦様は「一切衆生、悉有仏性」宇宙の森羅万
象全部仏(ほとけ)である。この世の中のすべてに、仏性
が備わっている。仏(ほとけ)であると説かれています。

この世の中、それぞれ個性を持った仏(ほとけ)様の集ま
り。生かし生かされ、支え支えられ、持ちつ持たれつ。
楽しい悩みのない世の中のはずなのに、住みにくい世の
中になっているのではないでしょうか。

人間は、方向を変えて色々な角度からみることが出来る
「智慧」を持っています。ところが、煩悩という厄介な
ものが、この「智慧」の働きの邪魔をします。自然に対
しても、豊かな暮しを求めるが故に、自然を壊し、異常
気象などを起こす原因を作っているようにも、思われま
す。

自分が仏(ほとけ)であることに気付き、わがままな行い
をしていることに気付き、この「気付き」ということに
よって、「智慧」が働き、煩悩や悩みが解消され、心豊
かな生活が送れるようになります。

私たちは、大きな自然のお釈迦様の懐に抱かれ、守られ
ています。耳を澄ますと、自分は、ほめられているのか、
叱られているのか、自然のいろいろな声や音が聞こえ、
教えてくれると思います。今、この素晴らしい景色を見
て感じてみてください。

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2014/10/21~31   自灯明・法灯明

講師 高知県 永源寺 島崎敬童師

だんだんと秋も深まり、夜の時間もずいぶん長く、灯り
の恋しい季節となりました。

10月21日は「灯りの日」だそうです。

お釈迦さまにも、灯りにまつわるお言葉があります。

お釈迦さまの最後の教え『自灯明・法灯明』。自らを灯
とし、法を灯としなさいという有名なお言葉です。

「私がいなくなっても、だれかに頼るのではなく、自分
自身をよりどころとし、正しい教えを道しるべとして、
生きてゆきなさい」このような意味かと思われます。

『法灯明』は、お釈迦さまの教えを灯りとし、迷わずに
進みなさいと言うことですから、よくわかります。しか
し、『自灯明』はどうでしょう。こんなに頼りなく、迷
い続けている私自身が、灯りとなるのでしょうか。

私たちは、常に自分自身を見つめながら、人生を歩まね
ばなりません。お釈迦さまは「他者に頼るな」と言われ
ました。

これは、周りに惑わされるなということではないでしょ
うか。

他人の行動や結果に一喜一憂することなく、自身の性格
や能力に応じた、ありのままの自分で、悠々と人生を歩
みなさい、というお釈迦さまの励ましのお言葉に聞こえ
ます。

こんな私でも、自分の弱さに気づき、お釈迦さまの教え
を守り、実践することで、いつか必ず自分を灯りとする
ことが出来るのだと思います。

人は誰しも、苦しい事や嫌な事に直面すると、逃げ出し
たり、他人をあてにしたりします。しかし、それではよ
けいに苦しくなるだけです。

いま、ここで、私が、なすべき事をしっかりとする事で
自分が灯りとなり、自身の人生を堂々と歩むことができ
るのではないでしょうか。そして、それを信じ大切に思
う。その姿、その思いこそが『自灯明』ということでは
ないでしょうか。

これからだんだんと寒くなってまいります。お釈迦さま
より自灯明の教えをいただいたそのお身体をお大事に、
ご自愛ください。

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2014/10/11~20   真心に生きる

講師 愛媛県 観音寺 上本英昭師

梅花流詠讃歌、報謝御和讃に「一期一会の人の世は 尊
きものと知るものを み篤き今日のおもてなし いかで
忘れん諸共に」という一節があります。

私には、この御和讃をお唱えするたびに思い起こす、大
切な思い出があります。

それは、今から二十年程前のことです。

私は、修行中に亡くした父方と母方の二人の祖母の供養
のためにと、四国霊場八十八カ所遍路の旅を思い立ちま
した。

当時、若く元気な私はペース配分も考えず、初日から飛
ぶようにして歩き出しました。

しかし、慣れない厳しい道のりの毎日は余りに辛く、次
第に足がまともに動かなくなりました。余りの痛みに、
いつしかこれが本当に供養になるのかと、疑問すら湧い
てきたのでした。

ある日の夕方、ついに疲れ果てて道端で坐りこんでしま
った私に、一人のおばあさんが声をかけてくださいまし
た。

「どうしたの?大丈夫かい?今日泊る所はあるの?」そ
して、見ず知らずの私を家に泊めてあげようとおっしゃ
るのです。

私は遠慮しながらも、藁をもすがる思いでご好意に甘え
ました。

おばあさんは、事情があって中学生のお孫さんとの二人
暮らしをされているご様子でしたが、二人は笑顔で食事
を振舞い、温かいお風呂にお蒲団、真心の込もったもて
なしをしてくださいました。

お遍路の旅人をもてなすことを「お接待」と申しますが、
この二人のお接待は、幾度か公園や無人駅などで夜を過
ごしてきた私にとって、本当に涙がこぼれるほど有難い
お接待でした。

さて、この他人を家に泊めるというお接待。実は「無財
の七施」といわれる布施の徳目の一つで「坊舎施」とい
います。

漢字で布施という文字の「布」とは、あまねく分け隔て
なく。「施」とは、与えるとの意味です。

私はあの日、あのおばあさんとお孫さんに、家に泊めて
いただくという布施以外にも、沢山の布施を頂きました。

慈しみの言葉や、優しい眼差しに溢れる笑顔。何よりも
心温まる真心を頂戴しました。

その後、二人からの真心を頂戴した私は、これからは出
会った方々に真心を与える生き方をしようと心に誓い、
真心で生きることこそ祖母やご先祖様への供養なのだと
思いながら、感謝の気持ちでお遍路道を歩き続け、無事
満願の日を迎えることができたのです。

まさに「一期一会の人の世は 尊きものと知るものを 
み篤き今日のおもてなし いかで忘れん諸共に」であり、
御仏のお導きで頂戴した、有難き御縁でした。

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2014/09/21~30   安心~あんじん

講師 愛媛県 宗安寺 能仁洋一師

先日、坐禅をしたいと一人の男性がこられました。

その方は以前、他のお寺の参禅会に参加し、一度坐禅を
したことがあるとのことでしたので、三〇分程の坐禅を
休憩をはさんで 二回坐っていただきました。

その後、一緒にお茶をいただきながらお話をし、爽やか
な面持ちで帰って行かれました。

坐禅の時によく聞かれますのが「坐禅は何のためにする
の?」とか、「坐禅をしたら何か見えるようになるの?」
などなど・・・。

お答えしつつも私自身、修行道場に上がる際に「修行を
することで、何か特別な事が身につくのではないだろう
か?」と考えていたことをふと思い出します。

大本山永平寺御開山 道元禅師様は、お示しになります。
『坐禅は習禅にはあらず、
大安楽の法門なり、不染汚の修証なり』と。
坐禅は悟りを得るため、何かを習得するために行うもの
ではない。仏道への、大安楽への入り口であると。

また、道元禅師様は、こう歌を詠まれています。
『濁りなき 心の水に すむ月は 
波も砕けて 光とぞなる』
濁りなく澄みきり、落ち着いた心にこそ、物事の本質を
見ることのできる正しい智慧が現れ、正しい智慧によっ
て迷いや煩悩から解き放たれる。坐禅を続けていくこと
により、澄みきった落ち着いた心が更に深まっていくの
だ、と。

どうぞ、みなさまも坐禅を通して「身を調え、息を調え、
心を調えて」忙しい日常生活の中に、心やすまるひとと
きを、取り入れてみてください。

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2014/09/11~20   敬う心を大切にする

講師 愛媛県 法蓮寺 川本哲志師

九月十五日は敬老の日です。
長い間社会の為に尽くしてこられた高齢者を敬い、長寿
を祝う日です。あわせて、若い世代が高齢者の福祉に関
心を深める機会になるようにとの願いが、込められてい
ます。

お釈迦様の説法に最も近いとされる原始仏典『法句経』
の中に次のような言葉があります。
「常に敬礼を守り、年長者を敬う人には四種のことがら
が増大する。すなわち、寿命と美しさと楽しみと力とで
ある。」

お釈迦様は、今から二千五百年前に年長者を敬う心得を
示しておられました。

世界のどの国でも、年長者や先祖を敬う文化があります
が、日本は特に、年功序列による高齢者(年長者)を敬
う道徳がありました。

敬老の日は、母の日のように国外から輸入された記念日
と違って、日本を起源とする日本独自の祝日であると言
われています。

現代の日本は、家族化により異世代の交流が少なくなっ
ています。また、市場原理主義によって終身雇用制度が
崩壊し、年功序列の意識が低下しました。

しかし、社会や家族の姿がどのように変化しても、高齢
者を敬う心は人間として守り続けたい倫理です。

高齢者には長く生きてこられた経験と、豊富な知恵があ
ります。若い人にとっては人生の先輩であり先生です。
その経験と知恵を表に出して、社会に蓄積させていくこ
とが大切です。

世間に発信されることによって、法句経にある、寿命と
美しさと、楽しみと、力の、四つのことがらを得ること
につながります。

九月十五日は敬老の日。そして、その敬老の日から一週
間は、老人週間とされています。

この機会に、身近な高齢者の方々と接してみてはいかが
でしょう。何気ない会話の中にも、人生において大切な
ものが心に響き、染みこんでくるのではないでしょうか。

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2014/08/21~31   正しく生きる

香川県 寶光寺 加部弘元師

暑い日々も、ようよう揺るぐ今日この頃。「暑い」とい
う苦しみからのがれ「楽になった」という思いが湧いて
来ませんか。

お釈迦様は、苦しみを感じるときには必ず原因があると
考え、その原因とは、人の心の中にあるさまざまな「煩
悩」で「強欲」や「快楽」などむさぼることであると説
かれました。この煩悩を消すことで苦しみが滅すると、
お考えになれたのです。

その「煩悩を消す為にはどうすれば良いのでしょうか?

お釈迦様は、人の苦しみを取りのぞく為に、その原因で
ある「煩悩」をなくし、人格を健全にするための「八正
道」という、八つの修行法を説かれました。

お釈迦様はこの「八正道」で
まず「正見」。正しいものの見方をすること。
「正思惟」。正しいものの見方に基づいた正しい考え方
を持つこと。
「正語」。正しい言葉を語ること。
「正業」。正しい行いをすること。
「正命」正しい生活をすること。
「正精進」正しい努力をすること。
「正念」正しい自覚を持つこと。
「正定」正しい冥想をすること、をすすめたのです。
そうすることで真の安らぎを得られると説かれました。

煩悩をのぞくことは大変むずかしいことですが、少しで
も減らすことができれば、真の楽(安らかな心)の生活
ができるのではないでしょうか。

誰しもが真の楽(安らぎ)を得られますよう切に望みま
す。

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2014/08/11~20   掃除の五徳

講師 愛媛県 円久寺 村上徳樹師

今年もお盆の季節がやってまいりました。みなさま御先
祖様をお迎えする準備にお忙しいことと存じます。

御先祖様をお迎えするにあたってなすべきことの一つに
お仏壇やお墓の掃除をして清めるということがあります。

この掃除ということにつきまして、先にブラジルで開催
されましたサッカーワールドカップに関連しまして、嬉
しくなるニュースを耳にしました。

日本が初戦のコートジボワールに敗退したということは
ご存知かと思いますが、その試合の後に、日本のサポー
ター達がスタジアムのゴミの掃除をし、その姿を見た海
外の人々から賞賛されたということでした。

試合に負けて良い気分でないにもかかわらず、自分達が
使った場所を清掃して帰るという行為に、異国の方々は
感銘を受けたのです。

清潔好きは日本人の美徳の一つであり、世界に誇るもの
なのでしょう。

古来より掃除には五つの徳があると言われております。

その五つの徳とは「一に自心清浄、二に他人の心を清浄
ならしむ、三に諸仏諸天歓喜して地に応現す、四に勝福
の善業を植ゆ、五に速やかに無上道に入らしむ」という
ことです。

つまり掃除は、自分の心を清らかにし、同時に他人の心
をも清らかにします。仏様や天人も清められた場所に現
れ、勝れた結果を招き、速やかにこの上のない仏道に入
らしめる、ということです。

実際、掃除や片付けをしますと、心がすっきりして軽や
かになり、綺麗に清掃された場所を見ますと、こちらの
心も清らかになります。逆に掃除をしないでいますと、
何か心に引っかかりができ、それがストレスになったり
します。また汚れた場所を見ますと、こちらの心も散乱
してきます。

特にお仏壇やお墓が汚れていると、何か気になってしま
います。良いご供養をしたいと思いましたら、まずは掃
除をすればよいでしょう。

お盆の時節、御先祖様をお祀りしているお仏壇やお墓を
掃除し、心を整え、報恩供養されてはいかがでしょうか。
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2014/07/21~31   きまり事の大切さ

講師 愛媛県 安穏寺 島津雄児師

私たちの日常の中には多くのきまり事があります。普段
生活していると、それが煩わしくさえ思うこともあるの
ではないでしょうか…?

少し前の事、お寺の近くを走る県道。その県道はあまり
見通しが良くありません。いつもは点滅している信号が
その日に限って赤になっていました。

先を急ぎたいところでしたが、信号に従い停車しました。
すると物陰から手押し車を押したおばあさんが俯いたま
ま道を横切って行きました…。

点滅信号だと、お婆さんの存在にも気づかなかったこと
でしょう。赤は停まるという「きまり」のお陰で人の命
の安全が守られたのです。

ところで、仏様のみ教えの中にも多くのきまり事があり
ます。仏教ではこれを「戒」と呼び、私たち仏教徒が守
らねばならない「きまり」とされています。
では何故、そのような「戒」があるのでしょうか…?

道元禅師様は、人間は「仏心=仏様のこころ」を与えら
れてこの世に生まれてきたとお示しになられました。
みんな、仏様の心を持っているのです。でも、時として
我儘になってしまって、仏様としての生き方が隠れてし
まうのです。

例えば目の前に空き缶が落ちていた…。拾ってクズ籠へ
とはみんな知っている。でも「誰かがやってくれる」「私
がやらなくても」という思いが頭をかすめます。すると、
善い行いが出来なくなってしまいます。

そこで、キマリで我儘を抑え、仏様の行いができるよう
手助けするのが「戒」なのです。

ここで、簡単な三つの「戒」を聴いて下さい
 ・一つ目は悪い事を行わない事
 ・二つ目は、善い行いをすること
 ・三つ目は、世の為、人のためになること
をすること。

言葉にすると簡単であたり前のことです。しかし、いざ
実践するとなると大変に難しいものです。煩わしいと感
じたり、面倒くさいと思ってしまいます。

でも、そこで踏んばるのです。我儘な自分に流されず、
勇気をだして一歩踏み出しましょう。

ほんの一歩前に踏み出すことで、自分を磨き自分が調っ
てくるのです。

「戒」を守ることを通して、自分にそもそも備わってい
る仏様を表して生きて行きたいと願っております。

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2014/07/11~20   泥中の蓮華

講師 愛媛県 明應寺 仙井俊明師

雨上がりに見る草木の緑が清々しい、この季節。梅雨も
あと少しとなりました。

今、私の寺の境内では、5年程前から育て始めた 蓮と
睡蓮が、夏本番を前に、今年も、色とりどりの花を咲か
せています。
美しく咲き始めた花たちが、睡蓮鉢を気持ちよさそうに
泳ぐメダカと共に、お参りに来られた方達の目を楽しま
せています。

蓮や睡蓮と聞いて、お寺をイメージする方も多いのでは
ないでしょうか?
泥の中に根を張りながら、泥にまみれることなく、美し
い花を咲かせる姿は、仏教では人生の喩えとして使われ
ます。

維摩経というお経にはこのようにあります。
〝高原の陸地に蓮華を生さず
卑温の汚泥に即ち此の華を生ずるが如し〟
乾燥した清潔な陸地では、蓮華や蓮の花を咲かせること
は出来ません。美しく気高い蓮華は、汚い泥の中からし
か花を咲かせないのだと説かれています。

悩みや苦労は、誰もが抱えています。それは、泥の中に
生きるようなものです。
しかし、その中にあっても、その泥に染まることなく、
それを肥料として、花を咲かせなければなりません。

また、泥水が濃ければ濃いほど、綺麗な花を咲かせるよ
うに、私達の人生も辛い事ばかりではなく、必ず報われ
る事があると、蓮は教えてくれています。

私たちは、仕事や学校など、忙しい日々に追われがちで
すが、辛く苦しい時こそ、多くの人達と触れ合いながら、
沢山の事を学び、毎日の生活の中に、感謝の気持ちを持
ち続けていれば、いつの日か人生の花を咲かせることが
できるのではないでしょうか。

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2014/06/21~30   時間

講師 高知県 善教寺 伊藤和人師

時間というものを 考えたことがありますか?

私は、時間の謎を知っている人は、地球上に誰もいない
だろうと思っています。

なぜなら、時間がいつから流れ始めたのか、誰にもわか
らないからです。

わからないということは、始まりがないのです。

では、いつ終わるのでしょうか。

これも、始まりと同じで誰にもわかりません。したがっ
て、これも終わりがないのです。

つまり、スタートも、ゴールもないということです。

時間について書かれた本を読んでみても、スタートとゴ
ールについては、不明のままです。

何しろ、時間は地球が宇宙空間に誕生する以前から、す
でに流れていたのです。そして、もし、地球がなくなっ
てしまっても、時間は流れつづけるでしょう。

時間を分ける方法は、3つしかありません。「過去」
「現在」「未来」の3つしかないのです。

大本山永平寺の仏殿には、三世仏といって過去、現在、
未来の仏さまが祀られています。
 「過去世」→ 阿弥陀如来
 「現在世」→ 釈迦如来
 「未来世」→ 弥勒仏
です。

これを、家族に当てはめてみましょう。

 「過去世」→ さかのぼってのご先祖
 「現在世」→ 自分
 「未来世」→ 先々の子孫
ということになります。

時間は逆に戻ることはありません。ご先祖さまからいた
だいた命は、現在ただ今の時間の中にあります。

時間を大切に、今この時を大切に、命と向き合って進ん
でいければと考えます。

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2014/06/11~20   合掌

講師 愛媛県 野間寺 高木恒人師

お寺にお参りをしたり、お墓参りをしたりする時、仏様
やご先祖様の前で 私たちは自然と手をあわせます。こ
れを合掌といいます。

合掌は、インドから仏教とともに中国、朝鮮を経由して
日本に伝わってきました。

インド人は右手を神聖な手、左手を不浄な手として分け
て考える習慣があります。人間には神聖な面と不浄な面
があり、それをあわせることは人間の真実の象徴として
考えられました。

合掌は自分をさらけだして、心から相手に接する気持ち
のあらわれ。

インドや南アジア諸国では、合掌が日常の挨拶に使われ
ています。

日本のお坊さんも挨拶として合掌を用いています。

もともと挨拶に使われていた合掌ですが、日本伝来時に
現在のように仏事に関する作法として一般に定着したよ
うです。

合掌は挨拶の他にも感謝の表現としても使われています。

食事の時「いただきます」「ごちそうさま」と言う際に
合掌されると思います。

私たちが食事の時いただく食材は、もともと命のあった
もの。その命をいただいていると考えれば自然と感謝の
気持ちが現れるのではないでしょうか?

ご先祖様の前での合掌には、挨拶と感謝、両方の意味が
ふくまれています。

私たちは一人で生まれてきたわけではありません。もし、
ご先祖様のどなたか一人でも欠けていたら今の自分はい
なかったかもしれません。

お仏壇の前に座ったりお墓参りをする際は、ご先祖様へ
の挨拶と感謝の気持ちを込めて合掌をしてみてはいかが
でしょうか。

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2014/05/21~31   正見

講師 愛媛県 高徳寺 竹中義実師

何年か前のある日のこと、小学校低学年くらいの 男の
子が、寺の境内で ひとり遊んでおりました。

見かけたことのない子でしたので、「ぼく、どこから来
たの?」と聞くと「大阪。」と、答えてくれました。

よくよく聞くと、ご法事のために帰ってきた、ご近所の
お孫さんのようでした。

その子が急に「なんかトイレの臭いがする」と言いだし
ました。

私は、本堂脇のお手洗いから臭いがしているのかなと思
い、意識して 空気を吸ってみましたが、私には臭いま
せん。

しかし、「あ、そうか」と ピンと来たのです。

その子と一緒に臭いのもとの傍まで行って、「もしかし
たらこの臭い?」と尋ねると、予想通り「うん、そう」
という返事が 返ってきました。

驚いたことに、それは、いっぱいに花をつけたキンモク
セイの香りだったのです。

私は、思わず笑ってしまいましたが、同時に なんだか
寂しい気持にもなりました。

おそらく、この子の家のトイレには、キンモクセイの香
りの芳香剤があるのだなあと想像できましたが、芳香剤
を キンモクセイの香りだと 思うのではなく、キンモ
クセイが トイレの臭いと思われるのは、何が本物なの
か分からないということになり、複雑な気持ちになった
のでした。

しかし、私どもも この子のように、正しいと思い込ん
でいるものが、実はそうではないということが多くある
のではないでしょうか?

仏教では、苦しみを滅するために実践すべき正しいみち、
正しい実践行を 説いていますが、その一つに「正見=
しょうけん」があります。

正見とは、正しいものの見方をすること。正しく真実を
見ることをいいます。

自分が思い込んでいる一つの思いに執着せず、よくよく
観察したり、思いを巡らしてみたりしながら、仏教に照
らしつつ 正しく真実を見る目や 心を 養っていきた
いものです。

自分の考えや 見方だけが 正しいと思うのではなく、
謙虚な心でもって 物事を考えたり 見たりする姿勢が
大事ですね。

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2014/04/21~30   天上天下唯我独尊

講師 愛媛県 安穏寺 島津雄児師

四月八日は「降誕会」。お釈迦さまがお生まれになった
日で「花まつり」とも申します。

日本全国津々浦々のお寺では、甘茶が沸かされ、お祝い
の法要がお勤めされます。

私事ですが、今年の四月八日は、娘がピカピカの一年生、
小学校への入学式でした。まだまだ大きいランドセルに
背負われながら、意気揚々と登校していきました。

その後ろ姿を見送りながら、十年ほど前の四月八日、着
慣れないジキトツ姿(僧侶の着物姿)で、修行道場への
参道を上った自分を思い出しました。

一般大学をでて会社勤めをしていた私にとって、参道を
上り道場に近づく一歩一歩は、修行生活への不安と期待
が入り混じった気持ちが、徐々に大きくなる一歩一歩で
した。

お釈迦さまは、お誕生の直後に東西南北に七歩ずつ歩か
れ、右手で天を指さし、左手で地を指さし「天上天下唯
我独尊」と申されたと伝えられています。

「天上天下唯我独尊」天にも地にも我独り尊し。この世
の中で、私という命はたった一つの尊いものであり、そ
れと等しく周りの人たちの命もそれぞれ、たった一つの
尊いものである。自分も他人も大切に・・・と申された
のです。

お釈迦さまが、この世に初めてお立ちになり、初めて説
かれたこのお言葉は、不安や期待を胸に新しい人生のス
タートを切る私たちにとって激励の言葉であるように思
うのです。

自分という人間がどんなに小さく弱い者だと感じても、
この宇宙に唯ひとつの尊きものなのだと自信を持ちなさ
い。そして、新たに出会うすべての方が私と同じように
尊い者であると尊重しなさい。

私には、お釈迦様がそのようにお示しになって下さって
いるように感じられるのです。

新居浜の瑞應寺さまの参道は、桜の花びらが舞って桜色
に染まっています。その中を、今春から修行に上がる新
人の雲水さんがひとり上っていきます…
修行の無事を祈り、その背中へそっと手を合わせました。

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2014/03/11~20   ただ誹(そし)られるのみの人

講師 愛媛県 瑞光寺 宇野弘倫師

最近は マスコミが発達していますから どんな事件でも
たちまち日本全国へ 伝わってしまいます。

伝わるが早いか 賛否両論、個人に対してでさえ容赦をし
ません。

それは 身近な地域社会でも 同じです。

Aさんは、小学校の先生を 長くお務めになり、このたび
教頭先生におなりになりました。

大変人気のある先生です。私は このお話をお聞きしたと
き、ある日、先生にお会いしてこんな話をしました。

お釈迦さまが お弟子たちと 説法の旅をつづけておいで
のころ、ある村では 誰もが お釈迦さまのことを 善く
言わないのです。

どうも、その土地に長くいる行者が あれこれと、あらぬ
噂を流しているらしいのです。

そこで お釈迦さまのお弟子は 我慢できなくなり、その
行者のところへ 抗議に行こうとしました。

そのときお釈迦さまは、お弟子に向かって 次のように申
されたのでした。

「ただ誹られるのみの人、また、ただ褒められるのみの人
は、過去にもなかったし未来にもないであろう、現在にも
ない」と。

私たちの一生の間には 様々なことがありましょうが、お
釈迦さまが仰るには、誹られるのみ 褒められるのみの人
はない、というのですから 悪口ばかり言い続けられるこ
とはない。かといって、褒められっぱなしもあり得ない。
そんなことは、過去にも 未来にも 現在にもないとお示
しです。

どうぞ、気苦労がたくさんおありでしょうが、そんなとき
の参考に・・・。

教頭先生は、いやはや、よい言葉を教えて下さったと 手
帳にメモをして帰られましたが、まさに お釈迦さまの仰
る通りですね。

いずれにしても 周囲の挑発に乗ることなく、誹られても
褒められても、心落ち着けて 自らを見つめながらの人生
でありたいものです。

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2014/02/11~20   涅槃会によせて

講師 愛媛県 宗安寺 能仁洋一師

『ひとたびは 涅槃の雲にいりぬとも
 月はまどかに 世を照らすなり』

キリスト教に讃美歌があるように 仏教には仏教賛歌があ
り、私たち曹洞宗では 宗祖道元禅師が好まれた梅の花に
ちなんで、梅花流詠賛歌と称して お唱えしております。

冒頭の和歌は、梅花流詠賛歌「大聖釈迦如来涅槃御詠歌=
だいしょうしゃかにょらいごえいか」の歌詞です。

「涅槃=ねはん」とは サンスクリット語のニルヴァーナ
を語源とする言葉で すべての煩悩の火が吹き消された状
態、悟りの境地を意味していますが、生命の火が吹き消さ
れた状態として入滅、死去も意味しており「大聖釈迦如来
涅槃御詠歌」は お釈迦様が ご生涯を終えられたことを
詠われたものです。

今からおよそ2500年前の2月15日、お釈迦様は80
歳のご生涯を終えられました。

この年、お釈迦様は インドのマダカ国を出られ ガンジ
ス川を渡り、バーヴァーという町を通られます。

その折りに、この町で鍛冶屋を営んでいた チュンダとい
う方からお受けになられた 食事のご供養によって 病を
発症されました。
そして、そのまま治癒することなく クシナーラ城まで赴
かれ、2月15日夜半、沙羅双樹の間に横になられ お弟
子の方々に 最後の教えをお諭しになられた後、静かに息
を引き取られたと 伝えられています。

お釈迦様が 涅槃に入られたことは、お弟子の方々にとっ
て 深い悲しみでありました。

そしてその悲しみの中から、お弟子さまたちに 二つの思
いが 生まれるのです。

一つ目は、お釈迦様は 百歳の寿命をおもちであったが、
衆生、つまり、私たちすべての者に 20歳の寿命をわか
ち与えてくださり、そのお蔭で、私たちの今日の暮らしが
あるのだという、今ある 私たちの命に お釈迦様を重ね
合わせる 追慕の思い。

そして二つ目は、確かに お釈迦様はご入滅になられたけ
れども、実は お釈迦様は その御教えの中に 今でも生
きておられ、私たちを 導いてくださっているのだという
不滅の思いです。

「大聖釈迦如来涅槃御詠歌」では、二つ目の思いを 天に
輝く月になぞらえて「照り輝いていた月が 雲間に入り、
私たちの目に 見えなくなっても、月は 雲の上に輝いて
いるのです。それと同じように、お釈迦様は 涅槃に入ら
れ お隠れになられても、私たちの胸の中に 教えとして
生き続けておられ、導いてくださっている」と詠われてい
ます。

2月15日は 仏教徒にとって とても大切な日の一つ、
お釈迦様が お亡くなりになられた お涅槃の日です。

近くのお寺で あるいは お家のお仏壇でも 構いません
ので お釈迦様に 感謝の気持ちを込めて 心から 手を
合わせ お参りください。

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2014/01/21~31   布施の心

講師 愛媛県 泰平寺 星野隆信師

あの東日本大震災から 3年の月日が流れようとしていま
す。

被災地では、いまだに大勢の方々が不自由な生活を送って
いらっしゃると聞いておりますし、福島では放射能汚染と
いう大問題を抱えています。

まだまだ、本当の復興という日は 遠いのかもしれません。

発災当時、日本のみならず、世界中に支援活動の輪がひろ
がりました。自ら現地に赴きボランティア活動をする人。
お菓子やおもちゃを我慢して募金した子供たち。いままで
考えもしなかった節電に努める若者たち。さまざまな報道
を耳にいたしました。

あれから3年が経ち、テレビや新聞が報道しなくなりつつ
ある今でも、被災された人々の為に今自分のできることを
と、地道に支援活動を続けておられる方々が大勢おられま
す。

ある雑誌に、発災当時の被災地と2年後の整備された写真
を見比べた、インドの男性のコメントが掲載されておりま
した。

「1945年、広島と長崎に爆弾を落とされたときはどう
だったか?全土が荒廃した中、彼らは15年後にあらゆる
分野で世界をリードしていた。そこには、無私の献身があ
ったからだ。今回も同様に、日本と日本人がこの2年間で
どれほど困難を乗り越え、団結して素晴らしい国にしたか
考えると称賛に値する。2年という期間は非常に短いもの
であったが、彼らは、献身と奉仕の強さを見せてくれた」

この記事を読んで、私は何か誇らしい気持ちになりました。

無私の献身、すなわち私欲を捨てるということ。それは、
人を思いやる心です。

この、人を思いやる心こそ「布施の心」に他ならないので
はないでしょうか。

布施とは、物でも心でも惜しみなく分かち合うということ
であり、見返りを求めることなく、互いに生かしあう生き
方であります。

我々は一人で生きているのではなく、周りの人々と共に生
かされております。ですから、自分さえよければという考
えではなく、物でも心でも分かち合って共に生きていくと
いうことが大切なのではないでしょうか。

東日本大震災から3年が経とうとしている今も、被災地は
まだまだ復興半ばです。

これからも、人びとの悲しみや辛さに向きあい、寄り添い、
共に分かちあう「布施」の心を忘れずに、復興支援活動を
続けてまいりましょう。手を取り合って、共に生きてまい
りましょう。

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2014/01/11~20   変わる ~諸行無常~

講師 高知県 善教寺  伊藤和人師

ガリバー旅行記の作者ジョナサン・スウィフトは「この世
で変わらないのは、変わるということだけだ」という言葉
を残しています。

この「変わる」という言葉が気になって、色々と考えてみ
ました。

現代では、ボールペンで書かれた横書きのハガキを見て、
「ボールペンで書くなんて失礼だ」とか、「日本語なのに
横書きはおかしい」などという人は、あまりいないのでは
ないでしょうか。

それどころか、「電子メールではなく、手書きのハガキを
くれるとは、なんて丁寧な人なんだろう」などと、感心さ
れたりするのではないでしょうか。

日本では古来、正式な文書には筆を使うものとされていて、
インクが到来しても、しばらくは万年筆やペンで書かれた
ものは略式であるとされていたそうです。

ボールペンが流通するようになった頃には、ボールペンで
手紙を書くのは失礼な事とされた時代がありました。

さらに、ワープロやパソコンが出現すると、正式なものや
心のこもった文章などは、手書きにするべきだと言われま
したが、今や、ビジネスでも私生活でも電子メールがあた
りまえになりました。

ところが、面白いものです。

このまま筆記用具も不要の時代が来るのかと思いきや、手
書きには手書きの良さがあるということで万年筆が見直さ
れ、静かなブームになっているのだそうです。

これこそまさに「諸行無常」。

生活も、常識も、そして私達自身も、さまざまなことが時
とともに移り変わり「変わらないものは、ない」というこ
となのですね。

変わること、変わりゆくことを、厭うことなく恐れること
なく、一日一日を大切に過ごしてまいりましょう。

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2013/12/21~31   年の瀬を迎えて

講師 愛媛県 慶正寺 長岡一路師

私が住職を務める寺は街中にありますので、道路沿いの歩
道の掃き掃除は、人通りの少ない早朝にしています。

現在はようやく桜の落葉が落ち着いたところですが、ここ
暫くは連日、落ち葉の掃除に追われていました。

なんでこうも遠慮なく多くさんの葉っぱをちらせてくれる
のだと、時に自然を相手に起こしても仕方のない愚痴が浮
かんできますが、そのような折には、お釈迦様がお弟子の
パンタカに、修行として掃除をすることだけを命じられた
エピソードを想い起こし、これも大切な修行なのだと竹箒
を動かしています。

無心に打ち込めるほどには未だ熟さぬ身ですが、時折通過
する車や、人々の生活の音、散歩やジョギングの足音、そ
して箒の音を聞きながら、あれやこれやと浮かんでくる想
いを愉しんだり、時には歯がゆく思ったりしながら過ごし
ています。

さて、十二月八日は私たち佛教徒にとって、とても大切な
日です。

何の日かと申しますと、今から約二千五百年前のこの日の
早朝、お釈迦様が明けの明星をご覧になりお悟りを開かれ
た日、佛教が誕生した日なのです。

今年の十二月八日の明け方は、あいにく曇っていて、明け
の明星は見ることが出来ませんでしたが、二千五百年前の
大いなる出来事と、今毎日のように耳にする嫌な事件など
とを比喩したような言葉に出会いましたので御伝えして、
今年最後となりましたお役を降ろさせて頂きたいと思いま
す。

「風に舞う落ち葉の下に、しかと大地有り」
それでは皆様、よいお年をお迎えください。

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2013/12/11~20   成道会に因んで

講師 高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

お釈迦様は遠くインドで 十二月八日、明けの明星を見た
時に おさとりになられました。

私ども人は、多かれ少なかれ お釈迦様のみ教えを頂いて
おります。

では、平成の世を生きる私どもは どのようなことをさと
らねばならないのでしょうか。

「さとり」とか「さとる」と言うと、難しいでしょうか?

では、簡単に申しましょう。人生山あり谷あり その山あ
り谷ありの人生を いかに正しく歩んでいくかに気付いた
のです。

随分昔の話なのですが、ある地域で「母子家庭の大会」が
あり、その折に発表された詩であります。『栗ごはん 栗の
無いのが 母の分』

そう、その詩を詠んだのは一人の少女でありました。

その少女、幼い頃、父親を事故で失ったのです。当然、残
された母親が 女手ひとつで四人の子供を必死に育ててま
いりました。

ある年の秋も深まった夕暮れ時、仕事から帰った母親が、
今日学校で何があったの?お友達とどんな遊びをしたのか
な?それぞれにお母さんとの話に花を咲かせながら、夕餉
を作り始めるのです。

その夕餉は美味しそうな栗ご飯でした。次々と姉弟の分が
名々の茶碗にホクホクとした栗ご飯が盛られていきます。
いつも最後のお茶碗がお母さんのです。

そのお母さんのお茶碗には一粒の栗も入っていなかったの
です・・・。

その時には、何も考えずに子供たちは喜んで食べたに違い
ないと想像しています。ただ、子供たちは気づいていたは
ず・・・。

その情景を数年経って思い出して詠った詩であると思うの
です。

母親というものは悲しいかな・・・自分が食べずともすべ
て子供に分け与え、そこに喜びを感じておられたのであり
ましょうね。

その母の思いを深く推し量り、それが母への感謝となって
この詩を詠ませたのだと確信しています。

お釈迦様は示されます。「自分のことはさておき周りの人
に思いを馳せよと。

自分だけが、自分さえ良ければではいけないというのであ
ります。

果たして、平成の今を生きる我々、このお釈迦様の考え方
が実践出来ているでしょうか?と、問いたいのです。

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2013/10/21~31   只管打坐~しかんたざ~

講師 愛媛県 雲祥寺 林 尚文師

平成十四年の春のこと。私は、修行のため専門僧堂と呼ば
れるお寺の山門に立った。

小雨の降る中、二時間ちかく立っていた。寒さと緊張の中
で、足が震えていたことを今も思い出す。

知客(しか)というお役の方がやってこられ、私を含めた
四人に「あなた方は、ここに何をしに来たのか」と問われ
たしか「私は四十歳になるが、恥ずかしながらお寺のこと
を何も知らない。これから寺を継ぎ、寺を守っていくため
に必要なすべてを学ぶためにここに来ました」と、答えた
ように記憶している。

そして、私の修行は始まった・・・。

小説風な文章になってしまいましたが、今でも思い出す光
景なのです。

この修行があったからこそ、今の自分があるのです。

ある日の坐禅中、堂頭老師(注)から「只管打坐。これは
ただひたすら坐るという意味です。この僧堂に来たからに
は、一日のすべてが修行です。食事をいただく時も、ただ
ひたすらにいただく。掃除も、トイレも、そして寝る時も
ただひたすらに行じるのです。その時その時を大切にし、
決して無駄にしてはいけないのです。一所懸命に物事に打
ち込んでいる姿はとても美しい。その姿は、子供であろう
が、大人であろうが、仏さまのように尊いものなのです」
というお話をいただきました。

このお言葉は、今でも自分の生活で忘れてはいけないこと
だと思っています。

私ども曹洞宗のお経である『修証義』に「光陰は矢よりも
迅やか(すみやか)なり、身命は露よりも脆し(もろし)」
とあります。

この限りある命を、限りある時間を、無駄にせず、目の前
に起こる物事を決して後回しにせず、ひとつひとつ、ひた
すらに行じていきたいものです。

(注)堂頭老師(どうちょうろうし)=お寺の住職の尊称

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2013/09/21~30   今日彼岸、菩提の種をまく日かな

講師 愛媛県 泰平寺 星野隆信師

早いもので、猛暑といわれました夏も終わり、秋のお彼岸
の季節となりました。

「彼岸」とは、向こう側の岸、つまりお悟りの世界という
ことです。

我々が住んでいる苦しみや悩みの多い世界を、こちら側の
岸「此岸」と申します。

お彼岸とは、お浄土にいらっしゃるご先祖様に感謝して、
ご供養するとともに、自分自身も、仏様のお教えを実践し
て、少しでもお悟りの世界へ近づこうと、仏道修行する日
でもあります。

お釈迦様は、悟りの岸に渡るために、六波羅蜜という六つ
の仏道修行の実践をお示しです。

六波羅蜜とは「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」
「智慧」の六つです。

「布施」とは、物でも心でも惜しみなく、見返りを求める
 ことなく 人に施すことです。
「持戒」とは、規則や約束を守るということです。
「忍辱」とは、怒りや苦しみに耐えることです。
「精進」とは、怠ることなく努力する事
「禅定」とは、心を乱さないこと
「智慧」とは、仏様のお教えを守り、正しい考え、判断を
 することです。

我々が生きている「此岸」は、苦しいことや悲しいこと、
自分の思い通りにならないことが たくさんあります。

しかし、毎日の生活に不平不満ばかりで、自分勝手なこと
ばかりしていると、到底、悟りの岸へは渡れません。

「今日彼岸、菩提の種をまく日かな」

彼岸を迎えるにあたり、今、命あることをご先祖様に感謝
し、お釈迦様のみおしえに耳を傾け、そのみおしえを実践
し、菩提という、清らかな悟りの花を咲かせましょう。

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2013/09/11~20   お彼岸によせて 

講師 香川県 見性寺 北口善則師

仏法僧を敬うや否や
常に坐禅を好むや否や
老を敬い幼を慈しむや否や
父母生育の恩に答うや否や
師友の訓導に酬ゆるや否や
古教に心を照らすや否や
禅苑清規より

水不足・ゲリラ豪雨・竜巻と、なんでもありの気候が続い
ております。

わたしたちは、これを異常気象という言葉で片付けてしま
っているようです。

しかし、本当に異常なことばかりが 突然起こっているの
でしょうか?

今一度 ご自分の周りを良く見渡してみてください。

目にみえるもの、肌で感じられることは、すぐにおかしい
と気が付きます。

けれども、それ以外のことは まるで何事もないかのよう
に いつもの通りと 見過ごしてしまいます。

この見過ごしが、いつか異常なこととなっていくのです。

そして、それに気づいたとき、わたしたちはどう対処して
いけばいいのかに 悩んでしまうのです。

今、わたしたちは何を思い、何をしなければならないか、
立ち止まって考えることが大事なのではないでしょうか。

冒頭の言葉は「禅苑清規」の一節です。

ごく当たり前のことのように思えます。

目にみえない、肌で直接感じられない、ただただ通り過ご
してしまいそうなことのようです。

ところが、それを見過ごしてしまえば 後に悔いを残すこ
ととなるでしょう。

お彼岸がまいります。

なんでもありの生活から、ちょっと待てという気持ちで周
りを見渡してみてください。

きっと、たくさんの異常なものが目に見えてくることとな
るのではないでしょうか。

良いお彼岸の期間を 迎えられることを ご祈念申しあげ
ます。

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2013/08/11~31   施食会~せじきえ~

講師 愛媛県 少林寺 宮本寛司師

先日、私のお寺で施食会を行いました。

「これで法要を終わります。」と言うと、何か訴えるよう
な目で 私を見ている参拝者がおられました。

そこで「何かご質問はありませんか?」と問いかけたとこ
ろ、一人の方が「お食事は 本堂でしょうか?庫裏でしょ
うか?」と尋ねられました。

法要の案内には、施食会の意味を書いて ご案内をしてお
ります。しかし、親類の中には、案内状を見ずに来られる
方も多く、施食会とはお寺が参拝者に食事をふるまう会で
あると思っている方も おられるのです。

そこで私は
「施食会とは、施餓鬼会(=せがきえ)とも言います。餓
鬼道にあって苦しむ全ての方々に食物を施して供養する法
要です。食事のときに生飯(さば)と言って、御飯のひと
つまみを餓鬼に施す事からきています。このお供えは、今
でも僧侶の修行の時などに行われています。
本日は、皆様にもそれに習って、たくさんのお供物をお供
えいただきました。
施食会は、本堂の入り口に施食壇をしつらえて供養する法
要で、お盆の前後に行われることが多いようです。
皆様はこの時、供養の功徳を我が家で先立った方や御先祖
に回らし、また、その他の幸薄かった精霊が迷うことなか
れとお塔婆を添えるのです。」と説明しました。

現在、飽食の国、日本。栄養上の飢えはないかもしれませ
ん。しかし反面、精神的飢餓は 際限なく広がりつつあり
ます。心に痛みや病を抱える人のいかに多い事でしょう。

今、心の枯渇状態を少しでも軽減することが仏教の役割で
はないでしょうか。

施食会のようなお寺での行持を通じて、皆様とともに仏様
の教えを学び、心の癒しの機会になればと思います。

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2013/08/21~31   親孝行の第一歩

講師 愛媛県 龍泰寺 舛田豊範師

ある夏の日 お釈迦さまの処に
『先生 先生・・・目連でございます』~目連とは、釈迦
十大弟子の一人で 神通第一と称された 目連尊者です~
『お釈迦さま、お願いがあって参りました。亡き母が餓鬼
道へ落ちて、お腹がすいてご飯を食べようとすると ご飯
に炎が上がって ご飯を食べる事ができず、のどが渇いて
水を飲もうとすると 水が一気に煮えたぎるお湯になって
しまって、水を飲むことができず、苦しい苦しい思いをし
ております。何とか、あの苦しい餓鬼道の世界から助け出
すことは出来ないでしょうか?』と目に涙をいっぱい溜め
て申しました。

お釈迦さまは静かに
『それはお気の毒な事ですね。あなたのお母さんはとても
やさしい方でしたが、たった一度だけ、あまりにも忙しか
ったので、戸口に来て食べ物を願った方に つい施しを忘
れた事がありました。それで餓鬼道へ落ちたのでしょう。
お母さんを餓鬼道から救うには、大勢のお坊さんにお願い
してお勤めをして貰い、その力であなたのお母さんだけで
なく、餓鬼道で苦しむ全ての者たちを救う外はない。幸い
今は雨季のため、私の弟子達が精舎に集まって修行してい
るから、お願いしてごらん』

目連さまは、お釈迦さまのお弟子さま一人一人に『どうか
亡き母のために、お勤めをしてください』と頼みました。

お弟子さま方は、目連さまのお母さんの為に丁寧にお勤め
を致しました。

お勤めをする精霊棚には、畑で採れた野菜や色々な果物が
供えられ、赤々と明かりが灯されました。お経の声は精舎
一杯に響きわたりました。

このお勤めによって、餓鬼道の世界で苦しんでいた目連さ
まのお母さんを救い出す事が出来ました。この目連さまの
親思いの気持ちにはみんなが感心したということです。

この故事が『おぼん』の始まりといわれ、雨季から乾季に
移る頃に『おぼん』といって、亡くなったおじいさんやお
ばあさんや、ご先祖の方々をおまつりして、お勤めをする
ようになりました。

親孝行の第一歩は先祖供養から。皆さんのおうちでも御仏
壇をきれいにし、瓜や茄子を供え燈籠にあかりをつけて、
亡くなられた方をおまつりしてください。

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2013/07/21~31   布施の行い

講師 愛媛県 観音寺 上本英昭師

人は生きておりますと 他の人がとても気になるものです。

人の至らぬ点はよく見え、ひそひそと蔭で口にします。反
対に良い所はというと、それを心なしか否定をし、言葉に
すらしない。挙げ句の果てには、陥れようとしたりもしま
す。

この世の中には、そのようなことが蔓延しているかもしれ
ません。ときには「自分も誰かに、何か言われているので
は?」と考えがちになったりします。そして、同じ意見を
持つ人々とだけ徒党を組もうとしたりもします。

こんなお話があります。

ある時、お釈迦様が説教をしている所へ、バラモンがやっ
て来て連日のように罵倒するのです。

お釈迦様は怒ることなく「バラモンよ、あなたは親しい人
が家に来れば御馳走するか?」と問います。「当たり前だ」
とバラモン。「 では、その客が食事を受け取らなければ、
それは誰のものか?」とお釈迦様は更に問います。「食べ
なければ、それは私のものだ。当然だ」とバラモン。「で
は、あなたの悪言を私は受け取らない。よって、悪言はあ
なたのものである」

この言葉にバラモンは改心し、ついにはお釈迦様のみ教え
に帰依したのでした。

私たちは、日常生活の中で、身と口と心を整えていくこと
を本当に大切にせねばなりません。

それが、人として生かされている私たちの基本だと思うの
です。

無常という我が人生を生き抜く中で、他に向けた良し悪し
の心持ちは、結局のところ、自分自身が受け取るという真
理があります。

真の幸せとは、自他ともに幸せであることにほかなりませ
ん。

真の幸せを心から願うとき、自ずと慈愛に満ちた言葉が出
てくるものです。慈愛の言葉には、自他ともに人生を豊か
にする力があります。

『 真心の施し』『言葉の施し』『笑顔の施し』など、人を
思いやる『布施の行い』が、我が心を豊かにするのです。

ところで、あなたはまだ人の欠点が気になりますか?それ
は、映す鏡で、自分自身かもしれません。

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2013/06/21~30   花まつり

講師 愛媛県 観音寺 三好真人師

こんにちは。今日は「花まつり」についてお話をしたいと
思います。

以前にもお話ししたかもしれませんが、今回は、違った側
面から、お話しをさせていただきます。

「花まつり」というのは、4月8日に行われる、お釈迦様
のお誕生日のことです。

私の寺でも、兄や、近隣のご住職様方にお手伝いをしてい
ただいて法要を行いました。

さて、ここでひとつの疑問が生じませんか?

「私の兄や、他のご住職様方のお寺では、花まつりはどう
したの?」ということです。

時間をずらして対処するという方法もありますが、地域に
よっては、旧暦の4月8日もしくは、月遅れの5月8日に
行うお寺もあるそうです。

それは、何故なのでしょうか?

「花まつり」のときは、お釈迦様をお祀りする御堂の屋根
の部分を、春に咲く花々でお飾りします。私が子供の頃は
兄と一緒に花摘みに行ったものでした。

ところが、地域によっては4月上旬では、まだ花が少なく
御堂の屋根をお飾りすることが出来ません。

そういった理由から、月遅れの5月8日に「花まつり」を
行っているのだと伺いました。

皆さんにとって仏事というと、亡くなった方のご供養とい
うことが先ず頭に浮かぶのではないでしょうか?

しかし、「花まつり」は、お釈迦様のご誕生を祝う行事な
のです。

だからこそ、お祝いのためのお花を必要とします。それも
その季節に咲いている自然の花です。

春の訪れが遅い地域では、春の花が咲くのを待って5月8
日に行うのだそうです。

この「花まつり」は、宗派の別は関係ありません。この時
季が訪れたら、ご近所のお寺に足を運んでみて下さい。

「花まつり」は、全ての仏教徒にとって大切な行事なので
すから。

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2013/06/11~20   一切衆生 悉有仏性

講師 愛媛県 渓寿寺 金岡潔宗師

今年も お寺の境内では 午後の8時頃になると 小さい
明かりが いたる所で飛んでいます。

そうです。今年も ホタルが 境内を自由に飛びまわって
夏の訪れを告げています。

こんな話を聞いたことがあります。

江戸時代の俳人 小林一茶が「やれうつな 蠅が手をする
足をする」と詠んだところ、その句に対して、良寛さんの
父親である橘以南が「そこふむな ゆうべ蛍の いたあた
り」と詠んだということです。

小林一茶の生涯は ご存知のように 困難の連続でした。

52歳で結婚し、長男、長女、次男、三男と4人の子供が
生まれましたが、幼くして亡くなり、妻もまた、37歳の
若さで亡くなりました。

そんなことから 小さな生きものへの愛情や こまやかな
心が培われたのでしょう。

植物はもちろん カエルやホタルなど みんな精一杯 頂
いた命を生きている。ということを詠んでいるように感じ
ます。

ホタルは成虫として 1週間から2週間の命だそうです。
はかない命です。

私は 師匠から「万が一 小さい虫などを殺してしまった
ら、南無三宝・南無三宝・南無三宝と唱えなさい。すべて
のものは、みな仏のいのちが具わっているのだから。」と
教わりました。

お釈迦様は「生きとし 生けるものに 生命(いのち)あ
る」ことを説かれ、説法の旅においても 虫を踏み殺すよ
うなことを厳しく戒められました。

すべてのもの皆が かけがえのない命を 精一杯生きてい
ることを 今一度 考えてみたいものです。

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2013/05/21~31   限りある生命(いのち)

 
講師 愛媛県 西光寺 中川光真師

「ヤァー!メーン!コテー!ドォー」道場の中に響き渡る
剣士達の声。

思い返せば、今から十数年前、私は 夏の暑い日も、冬の
寒い日も、毎日が練習。そして、休日には 試合に明け暮
れる日々を 過ごしておりました。

長かった剣道時代も ついに卒業を迎え、剣道仲間もそれ
ぞれの人生を 歩む事となり、しばらく 会えない日々が
続きました。

皆、どうしているだろう。元気でいるのかなぁ…。そんな
募る思いを胸に、私は修行を終えて、久々の故郷へと戻り
ました。

地元に残っていた友人の中に、当時道場の主将をしていた
親友とも再会し、昔話に花を咲かせました。

月日がたち、地元での暮らしにも慣れてきた頃、親友が仕
事の為、県外へと赴任する事になってしまいました。

「しばらく会えないが、お互い元気にまた会おう」と約束
して今度は、私が見送りました。

ところがつい先日、親友の父親から「息子が事故にあった」
と深夜連絡があり、私は急いで彼の元へと向かいました。

しかしながら時すでに遅く、彼は息を引き取っていました。

「起きてくれ!声を聞かせてくれ!また会おうと言ったじ
ゃないか!…私は何度も何度も彼に呼び掛けましたが、応
答はありませんでした。

後日、私が葬儀を執り行わせて頂き、彼は浄土へと旅立っ
て行きました。

お釈迦様は お言葉の中で「諸々の事象は 過ぎ去るもの
である。怠る事なく修行を完成せよ」とお示しになってお
られます。

つまり、人は誰でも愛する人、大切な人をいつかは失い、
永遠に関係が続くということは あり得ない。人は、何か
を得ると喜びが生じ、そのものが変化すると 苦しみが生
じ、消滅してしまうと 悲しみが生まれる。人生はこの様
であるから、常に心を落ち着かせ、安定できるよう修行し
ておかなければならないとお教えになっておられます。

限りある生命を大切に、一日一日を大切に、亡くなった人
の為、これから共に歩む人の為に、有意義な人生をお送り
下さい。皆様の将来に幸あらん事を。

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2013/05/11~20   仏さまとの言葉のないやり取り

講師 香川県 南隆寺 大石光昭師

早くにご主人を亡くし 月参りを数十年続けているお宅の
おばあちゃんが「色々迷った時は 必ず仏さん(ご先祖さ
まや 亡くなったご主人を指すのでしょうか?)に聞いて
みるんで。仏さんは なんも言わんけどな…。」と、いつ
も そうおっしゃいます。そして、「でも、仏さんは 間
違うたことは言わんなあ。」

そんなおばちゃんは 暑い日には そっと窓を開けて下さ
り、寒い日には 何気なくストーブを 私の方に向けてく
ださいます。何も言わなくとも ちょっとした仕草や表情
で 私の気持ちを くみ取ってくださいます。

今、世間のようすを見ますと「自分の考えをシッカリ相手
に伝えよう。思いを・気持ちをハッキリ言葉に表わそう。
言葉にしなければ 分からない。」そんな考えが主流です。

確かに それも大事なことでしょうが、ついつい行き過ぎ
て 言葉をぶつけたり、考えを押し付けたりしていないで
しょうか。

言った者勝ち。言わなきゃ損。一億総言いたい放題。そん
な風潮が ストレスを 増大させているようにも思えます。

私たち日本人の祖先は 長い長い歳月の間 事あるごとに
神さまにお伺いを立て 仏さまに心を打ち明け 様々なこ
とを 判断してきたのだなと思います。

何もおっしゃらない仏さまの前で 何をくみ取ってきたの
でしょう?何をしてきたのでしょう?それは 自問自答の
中で 自分を見つめて 見つめて 見つめ切ってきたので
しょう。

いにしえの人たちは 何も言わずうつむき坐っている人の
心を くみ取り合ってきたのです。

何も言わず 悲しみにくれる人のそばに 何も聞かず 寄
り添うことが出来たのです。

何も言わず 寄り添ってくれる人の心に 気付いた時、言
葉にできない安心と 喜びを覚え 救われたに 違いあり
ません。

そのような心は やはり仏さま ご先祖さまとの 言葉の
ないやり取りから 培われたに違いありません。

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2013/04/21~30   昨日と同じ様でも 違う今日

講師 愛媛県 安穏寺 島津雄児師

少し前の話になりますが、お檀家さんのお葬儀のお勤めを
し 続けて 友人の結婚式に出席するという経験をしまし
た。

一日の間に 悲しい別れの日と 喜びの門出の日に立ち会
い 少し考えました。

今この瞬間にも 亡くなった人がいて 結婚した人がいて
また新たな生命の誕生があるのだろう・・・

今日 地球上で生きている人が全員 明日も生きているこ
とはないだろうし 今日 地球上にいない誰かが 明日に
は生きている・・・

そんな事を考えていると 今と同じ状況は今しかなく こ
の一瞬が かけがえのない一瞬なんだと 痛切に感じられ

「昨日と似たような今日だが
 昨日とは違う かけがいのない一日
 きのうと同じように過ごしてよいのか!?」

と 鋭く問われているような気がしてきて なんだか気が
焦ってきてしまいました・・・

昨日と同じ様でも 違う今日
今日と同じ様でも 違う明日

昨日は怠けても 今日は頑張る一日にできる
今日は失敗しても 明日は成功の一日にできる

そう信じて 焦らずにやっていこうと思います。

先ずは坐禅で、姿勢を調え、息を調え、心を調えて・・・

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2013/04/11~20   如来は法をもって誘う

講師 愛媛県 掌禅寺 内藤卓洲師

4月8日はお釈迦様のお誕生を祝う「花まつり」でした。

お釈迦様は30代半ばでお悟りを開かれて、80歳で入滅
されるまで、長い間インド各地を伝道し布教して回られま
した。

お釈迦様の45年間に亘るお説教の旅は、決して平坦な道
のりではなくて、特にその初期には多くの困難があったよ
うです。

ある時には、お釈迦様は人々から「人さらい」のように非
難されました。「わが子を奪われた」「夫を奪っていった」
「家を断絶させた」等々です。

こうした非難は、大事な息子や夫がお釈迦様の教えを聞い
て発心し、出家し修行の道に入ったために、残された父母
や妻から起こった抗議の声でした。

この人たちは、お釈迦様に自分の大事な人が一方的に奪わ
れたと感じたのでした。

残された父母や妻たちが集団でお釈迦様の元に来て、息子
や夫を取り戻そうとしたこともありました。

そうした時、お釈迦様はただこのように答えられたそうで
す。
「如来は法をもって誘うに、法に来たるを嫉むものは誰ぞ」

真理の法によって立つ自信と、真理の法に基づく伝道に対
する妥協のないお釈迦様の立場が示された言葉です。

やがて、お釈迦様が不当な方法や目先の利益によって弟子
たちを誘っているのではないことが多くの人々に理解され
ていって、このような抗議や非難の声は消えていったそう
です。

さて、今年の桜の季節も終わりました。

私が住職させていただいている掌禅寺には、樹齢300年
とも400年とも言われる「金龍桜」という立派な一本桜
があります。

彼岸桜ですので、春のお彼岸あたりから咲き始めます。桜
の開花に合わせて、境内にはたくさんの花見の方が訪れる
ようになります。

この時期ばかりは、普段は静かな境内も一日中誰かが散策
しています。花には小鳥が蜜を求めて集まり、境内は鳥の
声で溢れます。

お釈迦様は法によって誘いましたが、こちらはただ花の美
しさによって人々を誘ってくれています。

お寺の境内に桜の古い巨木があるということは、歴代の住
職がそれなりに護ってきたわけです。

桜の木を囲む境内の雰囲気が自然に教えを説いてくれてい
るようにも思います。

住職の不徳を補って、多くの人々を誘い集めてくれる桜の
樹の存在をありがたく思います。

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2013/03/11~20   皆、ともどもに春彼岸

講師 愛媛県 長命寺 清水昭信師

三月の声を聞いた途端、春一番の気象宣言が出されまし
た。西日本は台風なみの雨風が吹き乱れる一日となり、
北日本では暴風雪となるなど、想像を絶する状況に自然
の猛威に恐怖を感じます。

昭和三十八年の豪雪も歴史的に語りつがれていますが、
この冬の青森県・酸ケ湯温の積雪566センチは、記録
に残ることでしょう。

自然環境の異常な変化による災害もさることながら、こ
の数か月の間にトンネルの天井崩落、ナイジェリア人質
テロ、グアムでは痛ましい殺傷事件、エジプトでは気球
墜落事故が起こり、国内外をとわず尊い命が奪われ失わ
れました。親族の方々の心情を思うと本当に心が痛みま
す。

平成二十三年三月十一日、想像を絶する大地震が東日本
に発生しました。亡くなられた方が(15、880名)
行方不明の方(2、694名)という大災害をもたらし
ました。

本年で災害後二年が経過しました。復興支援の取り組み
は進んでいるものの、実状は大変厳しい状況です。
このような状況の下、ある被災地の仮設住宅に一人慎ま
しく住まわれている、七十歳の男性がおられます。
その方は、数年前に耐震性に勝れた近代的な住宅を新築
され、奥様・長男夫婦・お孫さんとの五人暮らしをされ
ていました。

大震災の当日、ご自身は不在でした。奥様をはじめご家
族は、二階に非難されましたが、津波は非情にも四人の
命を奪い去ってしまったのです。

仮設住宅での一人暮らしを余儀なくされてから二年の月
日が流れた今、少しずつ気持ちも落ちつき、小さくても
良いので亡き家族と共に住める家を建てたいという心境
に成られたとのことです。

テレビ画面に映し出された、お墓を清める男性の姿。愛
しげに抱かれたお孫さんのオレンジ色のランドセルがと
ても印象的でした。

しかし、被災者の方々、皆さんが、この男性の様に自分
自身で希望のひかりを、心の支えを見いだせるわけでは
有りません。

今後の生活支援を考えるとき「心のケアサポート」の継
続性をもった支援活動の必要性と大切さを思います。
今月は、春のお彼岸です。十一日には福島市に於いて、
東日本大震災三回忌追悼慰霊・復興祈願法要が営まれま
す。また、各地でも追悼法要が行なわれます。ご先祖様
の供養とともに御霊の安らかなることを祈りたいもので
す。

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2013/02/21~28   行(ぎょう) ー非思量ー

講師 香川県 寶光寺 加部弘元師

まだまだ寒い日が続いておりますが、暖をとって家に
籠ってばかりになってはいませんか?

じっとして動かないでいると、何も為さずに時をむな
しく過ごしていると感じることはないでしょうか?

禅の教えでは、生きる事そのものが修行であり、大切
な行事です。ですから、一所懸命に生きること、三昧
(ざんまい)の行いが良いのです。

三昧とは「頭を使うな、からだ全体でやりなさい、そ
のものになりきりなさい」という、我(が)を捨てた
「身心一如」の集中状態に入ることです。

私たちにとっては、「三昧」「なりきること」「行」
が大切なのです。

「行」とは「行なう」ことではありません。「行なう」
と云うと意味を求める動作になってきます。計算の入
った、善し悪しを考える、頭の中の概念の世界になる
のです。

たとえば、禅の教えにおいて「読経」は「お経を読む」
ことではありません。お経を読むというのは、お経を
理解するということです。

大切なのは、お経を読むことではなくて「お経を行ず
る」ことなのです。「読経」は一つの「行」ですから
身体で行ずるのです。「読経」がそのまま、命の行に
なるのです。

何事も、頭で考えて余分な計らいを持ち込むとうまく
いきません。ひとつのことに集中して、それを行ずる
ことが良いのです。「なんで」「どうして」などと考
えると、それをすることに「満足」できなくなります。

一日の終わりに「ああ、今日も良い一日だったな」と
思えることが、一日を行ずることであり、満足のでき
る生き方なのです。

「寒い」「暑い」は、それを為さない理由にはならな
いのです。それを理由にして怠けることが「正しく生
きる」ことを妨げるのです。

理由など考えず「三昧」に「行」をする生き方こそ、
今この時を大切にする生き方であり、尊い命を大切に
する生き方なのです。

せっかく今ここに生きているのですから、「満足」の
ある生き方を歩んで下さい。それこそが「命」の証明
なのですから。

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2013/02/11~20   和顔愛語

講師 香川県 祥福寺 木山良宗師

年度末が近いせいでしょうか、道路工事や水道工事など
公共施設の工事が目につきます。

つい先日も、お檀家さまへと向かう途中、何やら渋滞し
ています。どうしたのだろう?と思っていたら、やはり
道路工事でした。

動いては止まり、また動いては止まり。

それでなくとも、月末と雨降りが重なって、道が混んで
いるのに…と思いながら、待つことしばし。

ようやく白旗に変り、車が動きだしたときです。

警備員さんが旗を振りながら、笑顔で「ありがとうござ
いました!」と挨拶をしてくれたのです。

さして長い時間ではないはずですが、それでも、思いが
けず赤旗で車を停められると、長いこと待たされたよう
な気になるのが人情。ほとんどのドライバーは仏頂面を
していたはずです。

けれども、警備員さんの笑顔と挨拶が、それまでの急い
ていた気持ちをフッと軽くさせてくれ、思わずこちらも
笑顔で会釈を返して通り過ぎることができました。

おそらく、あのときあそこを通った人は皆、そんな気持
ちになったのではないでしょうか。

お経の一節に「和顔愛語=わげんあいご」すなわち「和
やかな顔と思いやりのある話し方」という意味合いの文
言があります。

何かと暗い事件事故の多い昨今。先ずは、笑顔を心がけ
たいものです。笑顔は自分自身を照らし、周りを明るく
してくれるはずです。

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2013/01/21~31   人の温もり

講師 愛媛県 雲祥寺 林 尚文 師

新年を迎え、2月になりますと「えひめマラソン」が開
催されます。今回で51回目を迎えますが、市民マラソ
ンという位置づけになってからは、4年目になります。

私は、そんな市民マラソンのファンの一人です。実は、
もっと正確に言うと市民ランナーの一人なのです。

一昨年、マラソンに初挑戦をしたのですが、途中で足が
動かなくなり無念のリタイヤ。昨年は、その無念を晴ら
すことができました。

人生はよく、マラソンに例えられます。

スタートから42.195㎞は本当に長い道のりですが、
ゴールまでの間、いろんな経験をすることができました。

平坦な道、上り坂、下り坂に加え、追い風や向い風など
の気象の変化がありました。また、平坦な道であっても
苦しい時もあり、楽な時もありました。そして、それに
加えて、関門と呼ばれる時間制限等々・・・本当に、人
生と共通することが、たくさんありました。

そんな長い道のりの中で、大変ありがたかったことは、
沿道の声援です。

特に、折り返し地点を過ぎてからは、肉体的にも精神的
にも疲れが出てきます。

めげそうになる気持ちや疲れを取り払ってくれる力が、
声援にはありました。

寒空の下、ランナーたちは、沿道の声援やボランティア
スタッフの方々の「温もり」を感じながら走ることがで
きたことと思います。

私も苦しい意識の中で「多くの人達に支えられ、励まさ
れ、見守られながら走っているんだ」ということを肌で
感じることができました。

そしてそれは、正に人生においても同じなのだと気づく
ことができました。

沿道の方々のランナーを応援したいという気持ちは『布
施の心』であり、その行いは『利他の心』であり、何よ
りも「がんばれー!」という一声は『愛語』であったよ
うに思います。

私たちは、其々の人生というコースを走るランナーであ
ると共に、他のランナーを見守る応援者でもあります。

今年もそんな「人の温もり」を感じながらゴール目指し
て走りたいと思います。 

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2013/01/11~20   方丈記によせて

講師 愛媛県 慶正寺 長岡一路 師

年の瀬には政治が様変わりして、微かな期待とともに新
しい歳を迎えましたが、皆様にも良き年でありますこと
を祈念いたします。

さて、昨年は鴨長明が古典の名著「方丈記」を書き上げ
て八百年目にあたる記念の年であったということで、臨
済宗の僧侶で作家の玄侑宗久師も紹介をされていました。

そこで私も受験以来、久しぶりに再読してみましたとこ
ろ、高校生の時には味わえなかった人生への深い示唆を
感じることができました。

玄侑師は、その内容が現代日本の世相にそっくりで、震
災以降日本を覆っている混沌とした雰囲気の中で、どの
ように生きていけば良いかを教えてくれると述べておら
れます。

個人的に一番印象深かったのは、飢饉についての記録で
した。京のなかだけでも、捨てられたままの死体が多す
ぎて通行もままならず、臭いもひどかったとあります。
死体の数は四月と五月の二ヶ月の間だけで四万二千体を
超えていたそうです。実際に作者自身が数えたというの
も驚きですが、当時の京の人口の約半数であったという
ことも、想像を絶する事件だと思いました。

そして、他にも戦争など多くの難事を乗り越えて我が身
に命をつて得てくれた、ある意味、運の良い名も知らぬ
多くの我がご先祖のことが、いままでとは違った想いで
偲ばれて有り難く受け止めた次第です。皆様にも、この
機会をかりて紹介させていただきました。

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