坐禅...自らに向き合えば、新しい自分にきっと出会える!

法話:書庫6 2019年1月 ~ 2020年12月

法話

法話:書庫6 2019年1月 ~ 2020年12月

2020/12/21~31   一年の計は元旦にあり

講師:愛媛県 法蓮寺 川本哲志師

毎年十二月三十一日の大晦日には全国各地のお寺で「除
夜の鐘」が撞かれます。除夜の鐘の作法には様々な風習
がありますが、曹洞宗のお寺では、鐘を一つ鳴らすたび
に、「三塗八難、息苦停酸、法界衆生、聞声悟道」とい
う「鳴鐘の偈」をお唱えします。

これは、ありとあらゆる方々がこの鐘の音を聞いて、苦
しみや迷いの世界から離れて悟りの道を進んでほしいと
願う短いお経です。

私がお預かりしているお寺では、十二月三十一日の夜十
一時三十分から除夜の鐘を鳴らし始めます。鐘の音を聞
いてくれている近隣の地域の方々のことを頭に思い浮か
べながら、今年一年は皆さんとこんな事があった、あん
な事を話したと振り返りつつ、一つ一つ丁寧に鳴らしま
す。

全部で百八回鳴らしますので新年をまたぐことになりま
すが、午前〇時をまわってからは新年の初詣でを兼ねて
鐘を鳴らしに来る方が多くなります。つい先程私の頭の
中で思い返していた顔ぶれがお参りに来られ、「昨年は
お世話になりました。今年もよろしくお願いします」と
梵鐘の前で挨拶を交わすのが毎年の恒例です。

「一年の計は元旦にあり」という言葉があるように、元
旦に一年間の計画や目標を立てる人も多いことでしょう。
この「計」という漢字には「かぞえる」とか「はかる」
という意味があります。

計画の「計」は、計算の「計」でもあります。計算の計
でもあるならば、「一年の計は元旦にあり」という言葉
は、これからの一年の計画を立てるだけでなく、これま
での一年にどれだけ大勢の方々にお世話になったかを思
い計る、という解釈をしても良いのではないでしょうか。
数えきれない恩恵によって、私は新年を迎えられたのだ
と自覚したいですね。

また、「一年の計は元旦にあり」の反対語は「急いては
事を仕損じる」なのだそうです。「一年の計は元旦にあ
り」とは、「最初に計画を立て、立てたらすぐにとりか
かりなさい」という意味にもとれますので、「計画あり
きで慌ててとりかかって、失敗することのないように」
という戒めをこめて、この反対語になるのだそうです。
元旦に新年の計画を立てる前には、その前の年の反省を
しておきたいですね。

今年もあとわずかになりました。この一年間でどれだけ
大勢の方にお世話になったかを数え、受けた恩恵を思い
計った上で、令和三年の計画を立てましょう。良い新年
をお迎えください。

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2020/12/11~20   みうま

講師:愛媛県 法蓮寺 川本哲志師

愛媛県を中心にした四国の一部の地域には「巳正月」と
いう行事があります。その年に亡くなった新仏のために
十二月に行う正月儀礼で「巳午=みうま」とか「辰巳=
たつみ」、「坎日=かんにち」と呼ぶ地域もあります。

内容は正月行事に準じたものですが、少し違いがありま
す。しめ飾りの縄は右巻き、ウラジロではなくイヌシダ
という小型のシダを使い、橙を蜜柑で代用します。お墓
に門松を立てるのですが、松ではなく、柿や椎の木で作
ります。こうした違いによって、巳正月が死者のための
儀礼であることを表しています。

家族親戚でのお墓参りの際には、墓前で藁に火をつけ、
持参したお供えの餅をあぶって食べます。その食べ方は、
餅を両方から引っ張って包丁で切ったり、小さく切った
餅を包丁の先に突き刺して肩越しに背後の人に渡したり
と、独特な風習があります。

巳正月の起源は戦国時代に遡ると言われ、包丁を使うの
は、兵士が刀で餅を切っていたことに由来すると言われ
ています。

私がお預かりしているお寺の地域における巳正月は、お
墓にお参りする習慣がありますので、毎年十二月はお檀
家さまの巳正月の墓参りに同行するのですが、この奇妙
な風習は若い方を中心に新鮮に受け止められています。

読経供養が終わり、餅をあぶって分配するあたりで、引
っ張ったり包丁で渡したりする様子を見て、「何これ」、
「おもしろい」という明るい声があがります。スマホで
撮影する人も多く見られます。亡くなったばかりの故人
様の墓前ですが、どのお家でも楽し気な様子を見させて
いただきます。

餅を引っ張り合う風習は、それを見て仏が笑うからだと
いう言い伝えもあります。新年を迎えられなかった故人
様ですが、慣れない奇妙な作法で自分の為に巳正月を迎
えてくれる家族の様子を見ながら、正月気分を共に味わ
って微笑んでいる姿が目に浮かびます。

新年を目前にした十二月に故人の正月を迎え、家族親戚
が悲しみに区切りをつけ、来年に持ち越さないことがこ
の儀礼の大きな目的なのでしょう。ここに年中行事とし
ての巳正月の大きな意義を感じます。

日本人はイベントが好きだと言われます。家の宗教は仏
教であっても、神社に初詣に行くし、クリスマスにはツ
リーを飾るし、ハロウィンやバレンタインでも大いに盛
り上がります。

本来の意味とは離れて、楽しい所だけの良い所取りをし
ているようにも感じますが、外来の行事よりも、日本伝
統の行事こそ大切にしたいですね。そこには、明日をよ
り良く生きていく為の先人の知恵が込められているから
です。

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2020/11/21~30   本当の命の授業②

講師:香川県 南隆寺 大石光昭師

前回お話しをした、私がお通夜の席で必ずと言って良い
ほど紹介するAさんのことを覚えておいででしょうか?

ご自分が二歳の時のお通夜での体験を「ワシのこの眉間
に張り付いたじいさんの死に顔が、道を踏み外しそうに
なったとき、じいさんが真っ直ぐな道に引き戻してくれ
たように思う。じいさんのおかげで、今ここに、こうや
って居れるんやと思う」と語ってくれたAさんでしたが、
実は、あのお話しにはこんな続きがあります。

「それがなあ、最近は違うんや。まあ、言うたら今まで
は『そんなことでええんか?それで恥ずかしないんか?』
だったんが、『次はお前かも知れんぞ!このワシみたい
に死ねるんか?明日かもしれんぞ』と言われているよう
な気がするんや」と。

仏教伝道教会という団体をご存じでしょうか?ホテルに
泊まった時、引き出しにオレンジ色の表紙の「仏教聖典」
という本をご覧になったことはありませんか?仏教伝道
教会は、あの「仏教聖典」という本を世界六十四の国の
ホテルに配布している協会です。

その仏教伝道教会が、二〇一八年に第一回「輝け!お寺
の掲示板大賞」を開催したところ、大賞に選ばれた言葉
が『おまえも死ぬぞ~釈尊~』だったそうです。釈尊と
はお釈迦さまのことですね。ものすごく衝撃的な言葉で
す。

至極当たり前の言葉ではありますが、実際には、生きる
ことについて語り合うことはあっても、『死』について
は避けて通ろうとします。しかし、そんな風潮の中にあ
って、この『おまえも死ぬぞ~釈尊~』の掲示板は二年
前に、ある旅行者の手でツイッターで紹介されるや、た
ちまち拡散され、今でもリツイートされ続けているそう
です。

お釈迦さまのこの重く深い言葉、先ほどのAさんはお経
を紐解いたわけでもなく、私の法話を人一倍聞いたわけ
でもありません。

二歳の時おじいさんから、その「死に顔」で、一瞬にし
て種を撒いてもらったのです。Aさんが成長するにつれ、
その種は心の奥で芽を出し、根を張り、枝葉を伸ばし、
花となって導いてきてくれたのでしょう。そして、次は
自分が、孫やひ孫の心に種を撒く番だと悟らされたので
しょう。あの、二歳の時に見た“つるん”とした額のお
じいさんの「死に顔」に・・・。

Aさんはそれを、自分より若い私に何としても話してお
きたかったのだと思います。二十年近く前の事ですので、
Aさんの年恰好を考えれば、おそらくもうとっくに私が
お見送りさせて頂いているのではないかと思います。そ
して、きっとあの世から「和尚さんありがとう。和尚さ
んがワシのお通夜の時に、孫らに『死んだ爺ちゃんの顔
をよう見ておけよ』と言ってくれたおかげで、ワシ、孫
の心に住まわせてもろとんで。孫にな、命の授業しよる
んで。」と、言ってくださっているように勝手に思って
います。

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2020/11/11~20   本当の命の授業

講師:香川県 南隆寺 大石光昭師

それは、もう今から二十年ほど前のことです。とある檀
家さんでのお法事のあと、お膳に着いて散々ご馳走にな
りました。そろそろお暇しようかと思っていたところ、
後ろに回ってきた人にポンポンと肩を叩かれました。

恥ずかしいことに今となっては、どの家のお法事だった
のか、どなたかだったかも記憶が定かではありません。
ただ、普段は無口な方だったので、とても意外な人に話
しかけられたように感じたのは確かでした。

仮にAさんとしましょう。そのAさんが「和尚さんワシ
なあ・・」と、しみじみ語り始めたのです。その場の雰
囲気とは全く違った様子に、私はあわてて表情をつくり
直しました。

「和尚さんワシなあ、二歳の時にじいさんが死んだんや。
葬斂(そうれん)の様子や親戚の誰が参列しとったかみた
いなことは全然憶えてないんやけどなぁ・・」と言って、
一息おいて「ほんでもなぁ、お棺の蓋を開けたときに見
た”つるん”とした額のじいさんの顔が、今でも・・と
言いながら、自分の眉間に手を当てて・・此処に張り付
いたままや。でも、有難いと思うんやぁ。ワシの眉間に
張り付いたじいさんの死に顔のおかげで、今、此処にこ
うやって居れるんやと思う」と。そして、唇の端に僅か
に笑みを刻んで「別にワシ悪党でも何でもないけど、道
を踏み外しそうになったとき、じいさんが引き戻してく
れたように思う」と仰っていました。

私はなんと返したかも憶えていません。ただ、「Aさん
の年格好で二歳なら、昭和の初め頃のことだろうか?戦
中・戦後・高度成長と激動の時代をこの人は、自分の眉
間に貼り付いたおじいさんに姿勢を正され、導かれて、
生きてきたのだなぁ」と思った記憶があります。

私はお通夜の席で、必ずと言って良いほど、この話を紹
介させていただいております。

そして、葬儀に参列した子どもさんや、そのご両親たち
であろう方の顔をのぞき込むようにして、「今晩から明
日の出棺まで精々おじいちゃんの顔を見てください。子
どさんたちにも見せてあげてください。冷たくなった身
体を触らせてあげてください。そのせいで、お葬式が終
わって二~三日寝られなくなってもいいじゃないですか。
今日明日の二日間は、本当に大事です。決しておろそか
には出来ません。おじいちゃんは亡くなりましたが、こ
れで何もかも終わったわけでは決してありません。これ
から先、何十年と、皆さんや子どもさんの心に生き続け
るのです。これは、学校では絶対に教えてくれない、本
当の命の授業です。それは、言葉でもない、頭で考える
ものでもない。直接、心に深く深く刻まれる、仏さまの
教えです。」そうお伝えするのです。

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2020/10/21~31   好きなことを仕事に

講師:香川県 南隆寺 大石光昭師

昔、私の住む宇多津という町は、左官を生業とする人が
多く住むところでした。お寺のすぐ近くにも何人か住ん
でおられました。

もう五十年近くも前。私が小学生の頃、とあるおじさん
の家の前が集団登校の集合場所でした。冬は朝早くから
焚火をしてくれて「おい!今朝は寒いけん、あたってい
け」と言ってくれて、顔が、赤くなるほど身体を温めさ
せてくれました。おまけに焚火の中で温めておいた石を
折り込みチラシに包んで「ほら!懐炉じゃ」と言って持
たせてくれたのを覚えています。おじさんは左官さんで、
奥さんとのふたり暮らしだったように思います。

そのおじさんの口癖は「おまえらみんな、今は職業選択
の自由が保障されとる。好きなことを仕事にせえ。そし
たらおっさんみたいに一生、辞めんですむんじゃ」でし
た。そう言って、左官の仕事のことについてもよく話し
てくれました。おじさんのお父さんも左官だったそうで
す。おじさんは小学校を出るとすぐに親の左官の仕事の
手伝いをしながら、気持ち良く土や漆喰を伸ばしていく
鏝(こて)さばきを見て、「自分も早く鏝を持ちたい」
と思ったそうです。

それから五十年、鏝ひとつで三人だったか四人だったか
の子どもさんを育て上げたと話してくれました。父親の
鏝さばきにあこがれて、それを目標に頑張って、家庭を
持って、子どもさんを立派に育て、近所の子どもたちを
かわいがる。けして裕福とは思えないまでも、とてもや
さしくて人気者のおじさんなのでした。私も今思えば、
自分の仕事や生き方に誇りをもって生きているおじさん
のことを、あこがれていたように思います。

以前、小学生の道徳の教科書を読んでいて、愕然とした
ことがあります。そこには、「社会のためになる仕事」
「人のために役立つ仕事」につきましょうと、書かれて
いたのです。

以前にも一度、お話しをさせて頂きましたが、全ての生
けとし生けるもので、「世のため人のために生きている」
などというものは、一つとしてありません。皆、自分の
ために、自分が生きていくために、精一杯生かさせて頂
いているのです。それは人間も動物も植物も何ら変わり
ないのです。

人のために役立っていると思い上がっている自分が、実
はそれ以上に人の手を煩わせていたりすることがありま
す。その反対に、自分のための精一杯の営みが、自分の
あずかり知らぬところで、他の人の支えになっていたり
するのです。

もう亡くなってしまったおじさんですが、できることな
ら、今の子どもたちに、漆喰を扱いつづけて白くカサカ
サになってしまった手を広げ、鏝を持ち続けているうち
に曲がって伸びなくなった指を見せ、深くシワが刻まれ
た赤銅色の笑顔でこう語ってほしいのです。「好きなこ
とを仕事にせえよ。そしたら、辞めんですむんじゃ」と。

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2020/10/11~20   答えは信仰の生活の中に

講師:香川県 南隆寺 大石光昭師

今年のゴールデンウィーク前、日本中、いや、世界中の
人々が新型コロナ感染症対策による自粛生活のストレス
から、家庭内での児童虐待やDV(ドメスティック・バ
イオレンス)の深刻化が取りざたされだした頃のことで
す。

NHKの朝の番組で、この秋に三度目の宇宙へと挑戦さ
れる宇宙飛行士、野口聡一さんへのインタビューが放送
されていました。

アメリカに滞在している野口さんとのオンラインでの取
材で、アナウンサーがスタジオから「野口さんは、十年
前国際宇宙ステーションに約半年間滞在されましたが、
その間どのような心持ちで過ごされましたか?」と質問
していました。

野口さんは「方法は二つあります。一つは、朝起きたら
必ずこれをやるというものを決めておくこと。私の場合
は、まず水を一杯飲んで、頭が起きていなくても、すぐ
に運動することを習慣にしていました。」と仰っていま
した。

それを聞いて、私はピンッ!ときました。「ああ、私た
ち仏教徒なら、お仏壇にロウソクを灯し、お線香を立て、
お鈴をチーンと鳴らして掌を合せ、ひととき心静かに坐
る、あるいは、亡くなった親を思うのが習慣になってい
る。なーんだ、もう既に出来てるじゃないか!」と。

さらに続けて野口さんは「そしてもう一つは、先のこと
を考えすぎないことです。一日目、二日目と数えたり、
あと百日、五十日と数えたりすると辛くなります。今日
一日を乗り切ればいいや、というくらいの気持ちが大事
です。」とも仰っていました。

そういえば、お釈迦さまの十大弟子のお一人である、須
菩提(シュボダイ)さまにこんな話があります。

あるとき須菩提さまは、マガダ国の国王から庵(いおり)
を寄進されました。ところが、何かの手違いで、屋根が
葺かれていなかったのだそうです。でも、須菩提さまは
有難くその供養を受け、屋根のない庵に住み始めます。
須菩提さまが庵に住み始めて、ひと月が経ち、ふた月が
過ぎても、不思議なことに雨がまったく降りません。困
ったお百姓さんたちは、「須菩提さまの庵(いおり)に屋
根が葺かれていないせいで、天が雨を降らさないのに違
いない」と、王さまに屋根を葺いてもらうよう嘆願しま
す。その嘆願を聞いた王さまが慌てて人をつかわせ屋根
を葺かせました。すると、屋根を葺き終わるや否や、大
雨が降ったのだそうです。

これが私でしたら「もし、雨が降ったらどうしよう」な
どと考えてしまい、おちおち眠ることも出来なかったで
しょう。しかし、須菩提さまは雨など一切、意に介しま
せんでした。なぜなら、雨のことを心配するのは、雨が
降ってからで良い。つまり、取り越し苦労は必要ないと
いう教えなのですね。

人の心配事の九十六%は取り越し苦労、と聞いたことが
あります。まだ先の見えないコロナ禍での生活。答えは
信仰の生活にあります。心静かに掌を合わせ、「いまこ
こ」を大切に過ごしてまいりましょう。

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2020/09/21~30   一期一会で敵とも一つに

講師:徳島県 城満寺 田村航也師

先日新聞で「フレネミー」という言葉に出会いました。
「ママ友」というのは、一生懸命に子育てをしているお
母さま方の、お友達関係のことですが、時には関係が難
しくなってしまうこともあるようです。その一つが「フ
レネミー」だそうです。

「フレネミー」というのは、お友達という意味の「フレ
ンド」と、敵という意味の「エネミー」を組み合わせた
言葉で、お友達であると同時に裏では敵である、とか、
お友達だったのに突然敵になる、といった、ママ友同士
の不安定な関係や、非常に難しい心理を反映した言葉の
ようです。そういう関係に陥っている人は、本当に苦し
い毎日を過ごしておられることでしょう。

こうすれば解決!という万能薬はなかなか見つかりませ
んが、『一期一会』という言葉が解決のヒントになるか
も知れません。

『一期一会』は、たとえいつも会っている方であっても、
この(お茶席での)出会いは、一生に一度のことだ、と
いう茶道の言葉ですが、禅の世界でも使われます。茶道
は禅の心に育まれたと言われますから、禅と茶道は通じ
合うのですね。

お茶席で出会うのは、仲の良い人ばかりとは限りません。
中には、あまり折り合いの良くない相手と同席すること
もあります。たとえ、相手が敵であっても、その敵との
出会いをも大切にするのが、一期一会の心がけです。

一期一会の「一会」というのは、一度会う、と書くわけ
ですけれども、この言葉でいうところの「会」は、出会
うという意味ではなく、お茶席の場全体のことを指しま
す。その場すべてが一つ、つまり、敵とも心をひとつに
するということ。敵の立場に身を置いてみる、というこ
とです。

お釈迦さまは、苦しみに出会った時には、その原因を解
決しなさいと教えます。敵の立場に身を置いて、攻撃し
てくる原因を見つければ、敵との間柄も、勝つ、負ける、
以外の第三の道も見つかるのではないでしょうか。

出会いはご縁と申します。敵対する相手を「敵」とばか
り決めつけず、敵と思う人であったとしても「一期一会」
を大切に積み重ねてゆけば、敵も敵ではなく、素敵な人
になる日が来るかも知れません。

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2020/09/11~20   隠し事は出来ません

講師:徳島県 城満寺 田村航也師

私が住職をしているお寺の境内に、一本の梅の木があり
ます。先月のこと、夏の強い日差しを浴びて青々と輝く
姿に目を奪われていると、突然、一陣の風が吹いて葉っ
ぱがさわさわーっと揺れたのです。ところがなぜか一か
所だけ、一枚の葉っぱだけが風になびいていなかったの
です。

不思議に思って、梅の木に近づいて、よーく見てみます
と…。ははぁ、なるほど。その正体は、葉っぱの姿に見
せかけた昆虫だったのです。

昆虫が他のものに姿を似せることを「擬態」と申します。
面白かったのですぐに写真に撮って、いろんな方に見て
もらったのですが、あまりに巧みな擬態で、気付かない
人がほとんどでした。しかしながら、そこまで巧みな擬
態であっても、風に吹かれる様子までは真似できず、正
体を隠しきれなかったのですね。

さて、昆虫の擬態を楽しんだ目で、最近の世の中を眺め
てみると、擬態をするのはどうやら昆虫だけではありま
せんでした。

例えば、新型コロナウィルス感染のクラスターが発生し
たときは、そこに居合わせたことを申告して検査を受け
るべきなのに、人に知られまいとして嘘をつく人がいる
のだそうです。これも擬態の一種と言って良いでしょう。

新型コロナの問題だけでなく、人は往々にして自分をよ
く見せたいがために嘘をつくことがあります。嘘と云う
のは、言葉を使う人間だけが身に付けた、巧妙な擬態で
すね。

栃木県の足利に、相田みつをさんという、禅を学ばれ書
をよくされる詩人がおられました。その方は「浄玻璃の
鏡の前に立つまでは、秘めておきたし、あのことも、こ
のことも」という詩を遺しておられます。

「浄玻璃の鏡」と申しますのは、あの世の入り口におい
でになると言われている、閻魔さまが持っていると云わ
れる鏡です。人の嘘や隠し事、何もかもを映し出してし
まう鏡なのだそうです。

「浄玻璃の鏡の前に立つまでは、秘めておきたし、あの
ことも、このことも。」さあ、皆さんはこの鏡をどう思
われますか?恐いと感じませんか?

その怖さは、言葉を使うという能力を持ってしまった私
たちが、どうしても感じてしまう、素直な気持ちでもあ
りますね。どんなにうまく取り繕ってみても、やはり、
擬態は擬態です。本当の姿ではありません。正直な心を
保つために、浄玻璃の鏡を閻魔さまからお借りしてまい
りましょう。浄玻璃の鏡に自分を映しながら、隠し事な
く生き抜いて、いつか閻魔さまにお返ししたいですね。 

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2020/08/21~31   観音さまは、いま、ここに

講師:徳島県 城満寺 田村航也師

いま、減少傾向にあった国内の自殺者数が増加に転じる
のではないか?と懸念されているのだそうです。

どういうことかというと、新型コロナウイルスの影響で
経済活動が停滞することによって、生活が困窮して自ら
命を絶つことに追い込まれる方が増えるのではないかと
いうことなのです。

そのようなことになったら、とても悲しいことです。何
としても、防がなくてはなりません。

実は、私の住職しておりますお寺のある、徳島県海陽町
の海部地区は、国内で最も自殺率の低い町として知られ
ております。町には古くから『病(やまい)、市(いち)
に出せ』という言葉が伝わっています。おそらく、悩み
や苦しみを一人で抱え込まず、どんどん周りの人に伝え
て、みんなでその悩みや苦しみを共有して解決してきた
のでしょうね。

身近な方に、苦しいというメッセージを発しておられる
方は、おられませんか?みんなでいたわり合って解決で
きるよう、小さなメッセージにも耳を傾けなければなり
ませんね。

ところで、皆さんは観音さまをご存知でしょうか?世の
中のすべての方の声の音、メッセージを知って助けて下
さる方なので、「観音」といわれます。観音さまのよう
に、小さなメッセージも聞き取れるようになりたいです
ね。

その観音さまが題材となっている『観音経』というお経
があります。このお経の中では、「念彼観音力」という
言葉が何度も出てきます。「あの観音さまの力を念ずれ
ば」という意味で、「あの観音さまの力を念ずれば、火
の穴もたちまち池になる」などと描かれています。

坐禅修行をする私たち曹洞宗のお寺でも、この『観音経』
をよく読誦するのですが、ある日、お寺に坐禅に来られ
た方が、「観音さまのお力に頼ることは、自分の修行に
ならないのではないですか」と質問されました。他人に
すがって救いを得ようとするなら坐禅は要らない、とい
う疑問です。

私は、『観音経』は、観音さまにすがる為に読むのでは
なく、私たちのあるべき姿を教えてくださっている、と
思っています。みんなが幸せになれるように、私たち自
身が観音さまになりなさい、ということで、坐禅ととも
に『観音経』を読むのだと思うのです。

私たちの、どんな小さなメッセージもお聞きくださる観
音さま。「念彼観音力」、その観音さまの力を心に念じ
て、私たちも、追い込まれている方のメッセージを逃さ
ないようにしたいですね。

新型コロナウィルスが蔓延し、苦しまれている方、悩ま
れている方も多いことと思います。みんなで観音さまに
なって、悲しいことが起こらないよう努めてまいりまし
ょう。

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2020/08/11~20   ご先祖さまにメッセージを

講師:徳島県 城満寺 田村航也師

今年のお盆は、残念ながら、新型コロナウイルスの影響
で、ご実家に帰省しない方が多いようです。特に、ご実
家に高齢の方がお住いの場合などは、感染予防のために
も仕方がないですね。早く蔓延が止まることを、心から
祈る毎日です。

お盆にはご先祖さまの御霊が帰ってくると申しますが、
お家にお迎えしたご先祖さまと家族全員が一緒に過ごせ
ないことを、寂しく思っている方も少なくないようです。

お檀家さんのお一人が、こんなことを仰っておられまし
た。「孫たちが都会に住んでいるので、今年は来られな
い。毎年みんなで、和尚さんがお盆参りに来てくださる
のを、いまかいまかと待つのを楽しみにしているのに残
念です・・・。けれどもその代わりに、私にも、ご先祖
さまにも、手紙を書いてくれるというので、それを楽し
みにしているのです。」ということでした。

おじいさま、おばあさまにお手紙を書くことは、よくあ
るかも知れませんが、ご先祖さまにも書いてくれること
は、あまりないことでしょうね。

ご先祖さまにお手紙を書くということは『ご先祖さまへ
のメッセージがある』ということですが、皆さんはご先
祖さまへのメッセージを考えたことは、おありでしょう
か?せっかくのことですから、ここでぜひ一度、考えて
みてください。

私も、自分だったらどんなメッセージを伝えるだろうか
と、考えてみました。そこで気が付いたのですが…ご先
祖さまに何かを語りかけようとすると、悪いことはあま
り、考えられないのです。お仏壇の前で手を合わせてご
先祖さまに、今日もうまいもの食ってやるぞ、とか、今
日も欲の限りを尽くしてやるぞ、などと考える方は、お
られるでしょうか?おかげさまで元気で過ごしています、
今日も一つ良いことをします、というように、語りかけ
るのではないかと思うのです。

おそらく、ご先祖さまに語りかけると、自分の行ないが
知らず知らずのうちに正されるのではないでしょうか。
ご先祖様にお手紙を書く時にも、きっとご先祖さまに、
良いことの報告と感謝のメッセージになっているに違い
ないと思うのです。もっとも、小さい子供たちであれば、
ご先祖さまへのお願いごとになっているかも知れないで
すね。

今年のお盆には、ぜひみなさまも、ご先祖さまに語りか
ける言葉を、ご準備してみてはいかがでしょうか。

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2020/07/21~31   冷暖自知

講師:愛媛県 晴光院 曽根隆弘師

先日、坐禅をインターネットで調べると三百万近くヒッ
トしました。坐禅ブームという言葉もあり、坐禅や禅文
化に対する関心の高さが伺えます。

「坐禅ってなんだろう。難しいのかな」一度はそんなこ
とを考えたことがありませんか?そう思う、あなたの為
に今日は坐禅の仕方をかいつまんで説明させていただき
ます。

坐禅の時は姿勢を正し、お尻を坐蒲(ざふ)という円形
の厚いクッションに載せます。坐蒲がない場合には座蒲
団を二つ折りにして代用します。足の組み方には2種類
あります。結跏趺坐(けっかふざ)と半跏趺坐(はんか
ふざ)です。坐禅の時の手の形を法界定印(ほっかいじ
ょういん)と言います。右の手のひらを上向きにして組
んだ足の上に置き、その上に左の手のひらを同じように
上向きにして置きます。親指と親指が軽くふれる程度に
くっつけ、きれいな楕円形をつくります。
坐禅の姿勢が調ったら、静かに大きく深呼吸をします。
鼻から大きく空気を吸い込み、口から吐き出します。そ
の後、静かにゆっくりと、鼻からの呼吸にまかせます。
背筋をまっすぐにのばし、視線は、およそ半畳先の地面
を見るようにします。口はかるく閉じます。その姿勢の
まま少しの時間、静かに坐って下さい。

いかがでしょうか?禅の作法を言葉で説明してみました
が、お分かりになったでしょうか?多分、言葉だけ、耳
で聞いただけでは、分かっていただけないような気がし
ます。

禅の言葉に「冷暖自知」(れいだんじち)という言葉が
あります。水の冷たさ、暖かさは、言葉だけでは伝わら
ないということです。例えば、花瓶の中に水がどれぐら
い入っているのか、どれだけ冷たいのか、そもそも水が
入っているのかどうかも、見ただけではわかりません。
自分で触り体感してこそ「冷たい」「暖かい」と知るこ
とが出来るということです。

坐禅は実践の教えです。理屈・知識ではなく、体験を通
し踏み出してみることから始まるのです。坐ってみたら
どうなのだろう?坐禅とはなんだろう?と頭で考えるの
でなくお寺に行って実際に坐禅してみてください。僧侶
の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)をお手本
として、見て学び、肌で感じ、自分で体験してこそ人に
話せることもあります。

坐禅だけでなく物事を始める時、やってみようと思った
時、やらないで後悔するよりは挑戦し体験を通してこそ
物事を正しくとらえる判断となるのではないでしょうか。

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2020/07/11~20   日々是好日

講師:愛媛県 晴光院 曽根隆弘師

晴れのち曇り夕方から雨、そんな天気予報を聞いたこと
はありませんか?

子供の頃にはあまり感じたことはありませんでしたが、
大人になるにつれて、その日の天気や、その日の予定、
やらなければいけない事を考えて、朝から元気になれな
いことが増えたように感じるのは私だけでしょうか?

私が住職をしているお寺の近くに小学校があります。お
寺の前の道が通学路になっているので、集団登校する子
どもたちがよく歩いています。

朝、晴れた日に境内の掃除をしながら子どもたちに「お
はよう!」と大きな声で挨拶すると、「おはようござい
ます!!」と大きな声が返ってきます。青空の下、朝の
光を浴びながら、目を輝かせて大きな声で挨拶する子ど
もたちから、今日も一日頑張ろうとやる気を頂きます。

夕方から雨になったりすると、子どもたちは傘をさし、
水たまりで遊びながら下校してきます。私が「お帰り」
と声をかけると、晴れていた時と同じように大きな声で
「ただいま」と返ってきます。晴れた時と違い傘もささ
なければなりません。一日勉強して疲れた子どももいる
でしょう。転んで怪我をした子もいることでしょう。し
かし、子どもたちにはそんな素振りは感じられません。
今日も一日頑張りました、良い一日でした、という笑顔
しか見えません。きょうの私はどうだったかなと考えさ
せられる瞬間でもあります。

日々是好日(にちにちこれこうじつ)という禅語がありま
す。今日が良い日であったという意味だけでは無く、ど
のような一日でも大切な一日であり、今この瞬間をどう
生きていくかという禅の生き方が込められている言葉で
す。

日々の暮らしの中には、晴れの日もあれば、雨の日もあ
ります。良い日もあれば、悪い日もあります。私たちは
幸せに包まれ喜びに満たされた日だけでなく、さまざま
な悲しみや苦しみ、失敗をしながら、その日その時を生
きなければなりません。

そうであるならば、晴れの日も、雨の日も、怪我をした
日にも、目を輝かせながら挨拶をしてくれる子どもたち
のように、どんな状況であれ、その日その時を好日であ
り良い一日でしたと言えるように、精一杯過ごしていき
たいものです。

なぜならば、どんな毎日であれ、その毎日は私たちにと
って二度と戻ることない、かけがえのない一日一日なの
ですから。一日の終わりに後悔しないように過ごしてま
いりましょう。

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2020/06/21~30   人人悉道器

講師:愛媛県 晴光院 曽根隆弘師

きょうは私が二十代で初めて法話をした時のことをお話
しさせていただきます。

私が初めて法話をしたのは、おじいちゃんを亡くした檀
信徒のおばあちゃんの家での7回忌のご法事でした。

法話をする時には原稿を作るわけですが、今はパソコン
という便利な道具がありますが、その頃はまだ手書きで
した。明日がご法事という前日の夜、経典から主題にな
りそうな言葉を探して原稿を完成させ、原稿を見ながら
お話しをするわけにはいきませんので必死で覚えて、当
日を迎えました。

しかし、初めての法話はもうボロボロでした。話してい
くうちに頭が真っ白になり、冷や汗をかき、何が言いた
いのかわからなくなりました。とうとう、お話しの途中
からは原稿を取り出して、ただ読んでいる状態になって
しまい、早く終われ。もう帰りたい、そんな状態であっ
たのを思い出します。

やっとのことで話し終わると、施主のおばあちゃんは、
笑いながら「何だかよくわからない話だったけど、一生
懸命さは伝わってきた。おじいちゃんも多分喜んでいる
よ、今度の法事まで私は元気でいるからその時はもっと
いい話を聞かせて」そう慰められました。

当時は人前で恥をかきたくない、失敗したくない、そん
なことばかり考えていましたが、このおばあちゃんの言
葉を聞いて、一夜漬けの借り物の言葉では相手の心には
届かない、もっと勉強しなければいけないということに
気づかされました。

人人悉道器(にんにんことごとくどうきなり)という禅
の言葉があります。誰にでも可能性はある、努力するこ
とによって、もともと備わっている可能性が開かれると
いう意味です。人には、生まれながらに夢を持ち、その
夢を成し遂げる力があるのだと教えています。

頑張らなくていい、無理しなくていい、できるだけの事
をしたらいいということをよく耳にします。時代背景と
してそれも大切なことかもしれません。しかし、今の自
分に甘んじて、できることだけをしていたのでは進歩も
向上もありません、自分の夢や希望を実現することもで
きません。自分を励ますこともなく、自分なりに目標を
設定することもなく、私には無理と決めつけて何もしな
ければ、せっかくの可能性をつぶしてしまうことになり
ます。

大切なのは、自分の可能性を活かそうとするかどうか、
ということではないでしょうか?もうやめようと思う前
に、やろうと思った時の志を思い出し、自分の可能性を
信じてみてはいかがでしょうか。あの失敗があったから
今の自分はここにいると思えるよう、志を忘れないよう
にしましょう。

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2020/06/11~20   心外無別法

講師:愛媛県 晴光院 曽根隆弘師

私が二十代後半、まだ札幌のお寺にいたときのことです。
ある日の夕方、お通夜に向かうために住職を乗せて車を
運転していたところ、突然の大渋滞に巻き込まれたので
す。

私は、あまりにも車が進まないのと、お通夜に遅れたら
どうしようという不安でイライラが募りました。

そんな私を見て住職は「隆弘さん、私らが行かないとお
通夜は始まらないから。これほどの渋滞だ、遅れたとし
ても檀家さんは分かってくれるよ。そんなにイライラし
なさんな」と笑いながら話し掛けてきます。

私は「方丈さんは(住職のこと)こんなに車が進まなく
てイライラしないんですか」とたずねると、

「今、この渋滞の中で車を運転している人は、皆イライ
ラしているはずだよ。でも、イライラしたところで車は
進まない。隆弘さんのイライラはどこからくるのだと思
う?」

「それは勿論、渋滞からじゃないですか」と答えると、
「人は感情のある生き物だから、自分の思い通りになら
ない時、自分中心に物事を考えてイライラしてしまうん
だ。そのイライラは隆弘さんの心の動きだよ。自分の心
だから自分で抑えることができるものだ。イライラして
いる自分の心をよく見つめてごらん。」そう住職に言わ
れたのです。

「心外無別法」(しんげむべっぽう)という禅語があり
ます。幸せだと感じるのも、不幸だと感じるのも、すべ
ては自分の心が作り出すものであり、人や物事によって
もたらされるものではないというのがこの言葉の意味す
るところです。

日々過ごしていると、イライラすることがあります。嬉
しい時も、楽しい時も、悔しい時も、悲しい時も、心配
になる時もあります。そんな時こそ、静かに坐り、姿勢
を正し、呼吸を整えてみましょう。感情や対象に心を動
かすのではなく、それに動かされている自分の心を落ち
着かせることで、「なんだそんなことか」と思えること
が出来るはずです。

私は大渋滞の中、車のハンドルを握りながら住職の言葉
を頭の中で反芻しました。そして、そうだこれは私の心
の問題なんだと考えると、次第にイライラが収まりまし
た。

その後、車が流れるようになり、無事に時間通り式場に
到着できたのですが、親族の方もお参りの方も渋滞に巻
き込まれてしまっていて、結局、三〇分以上お通夜が遅
れることになりました。

ふと、住職を見ると…少し不機嫌そうな顔をしていまし
た。自身の心と向き合う事の難しさを教えられた瞬間で
もありました。

冷暖自知、よく思うのも、悪く思うのも、自分の心しだ
いです。

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2020/05/21~31   捨ててはならぬもの

講師:高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

「ならぬもの十訓」も回を重ねて4回目となりました。
先ずはおさらいから・・

① 忘れては ならぬもの「感謝」
② 言っては ならぬもの「愚痴」
③ 曲げては ならぬもの「つむじ」
④ 起こしては ならぬもの「短気」
⑤ 叩いては ならぬもの「人の頭」
⑥ 失っては ならぬもの「信用」
⑦ 笑っては ならぬもの「人の落ち度」
⑧ 持っては ならぬもの「ねたみ」
⑨ 捨てては ならぬもの「義理人情」
⑩ 乗っては ならぬもの「口車」

今回は、ならぬもの十訓の九番目を考えてみます。捨て
てはならぬもの「義理人情」と示してございます。

今のご時世、義理人情という言葉をあまり耳にしなくな
ったように感ずるところではありますが、義理人情と言
えばなんといってもフーテンの寅さんの名前が浮かんで
まいります。皆さんはいかがでしょうか?

この義理人情という言葉ですが、皆さんならどんなふう
に訳されるでしょうか?あるいはどんなふうに、言い換
えをされるでしょうか?

私ならば、義理人情とは、他を思いやる心・人を思い遣
る心と言い換えたいのであります。

この、人を思い遣る心。身近すぎるほど身近なことであ
り、誰もが大切だと分かりきっていることではあります
けれども、いざ実践するとなると、どうでしょうか?

私の地元高知県には、高知の南西部、四万十川や足摺岬
から東海岸部の室戸岬までを結ぶ、黒潮鉄道が走ってお
ります。

数年前の四月の中頃、高知市内で行われる会合に出かけ
たときのことです。あまりに天気が良かったものですか
ら、普段は乗ることの無い、黒潮鉄道に乗って出掛ける
ことに致しました。車輛の窓が所々開け放たれ、春の日
差しがとても気持ち良かったことを思い出します。

鉄道とは言っても、いわゆる第三セクターが運営する一
両編成のディーゼル機関車です。一両編成というくらい
ですから、乗る人が少ないんです。線路は単線で、汽車
同士がすれ違う時は途中の駅で待たねばなりません。

私が乗った車輛には、小学校二年生くらいの男の子とそ
のお母さんらしき方と、おじさんが二人で計五人が乗っ
ていたのですが、下り線とすれ違う為の時間待ちで、ヤ
シーパークという名の駅で停車することになりました。

駅に着くとドアは開けっ放しとなります。その時であり
ました・・・ドアから一匹のモンシロチョウが入って来
たのです。

私たち大人は知らん顔だったのですが、小学生だけは違
っていました。「しーっ」と周りに言うかのように、人
差し指を口に押し遣り、列車のベンチシートに止まった
モンシロチョウに忍び足で近づくと、親指と人差し指で
優しく捕まえ、そっと、窓から逃がしてあげたのです。

その一部始終を見ていた私たち大人がみな、優しい笑顔
になったのは言うまでもありません。

わざわざ捕まえずとも放っておけば、あの蝶々は外に出
ることが出来たのかも知れません。でも、その子はこう
考えたのではないでしょうか?「もし、この蝶々に家族
や子供がいたら、どこに行ってしまったんだろうと心配
になるんじゃないか」と。

そんな彼の「他を思う心」から出た行動が、私たち大人
の心を和ましてくれたのです。

忘れてはなりませんね、捨ててはいけませんね、「義理
と人情。他を思う心」

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2020/05/11~20   持ってはならぬもの

講師:高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

さて、今回も「ならぬもの十訓」を紐解いてみたいと思
います。

先ずは、ならぬもの十訓
① 忘れては ならぬもの「感謝」
② 言っては ならぬもの「愚痴」
③ 曲げては ならぬもの「つむじ」
④ 起こしては ならぬもの「短気」
⑤ 叩いては ならぬもの「人の頭」
⑥ 失っては ならぬもの「信用」
⑦ 笑っては ならぬもの「人の落ち度」
⑧ 持っては ならぬもの「ねたみ」
⑨ 捨てては ならぬもの「義理人情」
⑩ 乗っては ならぬもの「口車」

今日はその八番目の持ってはならぬもの「ねたみ」を紐
解いてみましょう。

皆さん、貪(とん)瞋(じん)痴(ち)という言葉を聞
いたことはありますか?!貪・瞋・痴とは、貪り・怒り・
愚かさのことを言うんです。そしてそれは、人間の心の
奥底に潜んでいるものとされています。

この貪・瞋・痴を三つの毒、三毒と言って、出来るだけ
無くしなさいよとお釈迦様は説かれました。

出来るだけということは、百パーセント無くすることは
無理でも、そのように勤めなさいということでありまし
ょう?それほどまでに、実践することが難しいものだと
いうことなのですね。

実は私、小学生のころはとても反抗的で、暗い感じの子
どもでした。勉強が出来ないことも一因であったと思い
ます。勉強をしない訳では無いのですけれども、真剣に
なれずワザと宿題をしていかなかった時もありました。
すると、廊下に立たされるんですね。それに反発して、
また宿題をせずに立たされる。そんなことの繰り返しで
した。勉強なんて、どうでもよかった時期があったんで
す。

勉強の出来ない私は、自分の努力はさておき、勉強の出
来る子を嫉(ねた)みました。貧乏だったことで、欲し
い物も買って貰えなかったことで僻(ひが)みました。
そしてやみくもに、自身の生れそのものに腹が立ちまし
た。今あることの幸せを感じることが出来ずに、何で自
分だけが?!と知恵の無さ故に嘆きました。

まるで、暗―――いトンネルの中を一人で歩いているよ
うな子ども時代でありました。

そんな私でしたが、時を経てある時、次のような釈迦さ
まのみ教えに出会ったのです。それは「この世の中では、
恨みは恨みによって決して静まるものではない。恨みは
恨み無くして静まる」というお言葉であります。

そうなんです、「なんで自分だけが?」の「だけが」と
いう思いこそが「毒」であったのですね。嫉んでも僻ん
でも我が心に足ること無しと覚ゆるなり。まさに、持っ
てはならぬもの「ねたみ」であります。

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2020/04/21~30   笑ってはならぬもの

講師:高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

さて、今回も「ならぬもの十訓」を紐解いてみたいと思い
ます。

先ずは、ならぬもの十訓
① 忘れては ならぬもの「感謝」
② 言っては ならぬもの「愚痴」
③ 曲げては ならぬもの「つむじ」
④ 起こしては ならぬもの「短気」
⑤ 叩いては ならぬもの「人の頭」
⑥ 失っては ならぬもの「信用」
⑦ 笑っては ならぬもの「人の落ち度」
⑧ 持っては ならぬもの「ねたみ」
⑨ 捨てては ならぬもの「義理人 情」
⑩ 乗っては ならぬもの「口車」

今回はこの、ならぬもの十訓の七番目『笑ってはならぬ
もの、人の落ち度』であります。

この項目自体、私たちが陥りやすい部分であろうかと思
うのです。他人様が何か失敗すると、笑ったり・小馬鹿
にする。さしずめ、他人の不幸は蜜の味ということなの
でありましょう。

しかしながら、笑われている立場からすれば、どうでし
ょうか?「ふざけるんじゃない!」ということになるの
ではないでしょうか?

人の落ち度を笑ったり、あげつらっても、マイナスに成
れどプラスになることなど、ひとつも無いのです。

永平寺での修行時代、小庫院という食事の係に配属され
たときのことです。赤飯を作るのに、小豆を浸しておい
た水を棄ててしまい、赤飯に色が付けられないという失
敗をしてしまいました。

赤飯の色付けの仕方などまったく知らなかった私は「お
前、こんなことも知らないのか?!ちゃんと引継ぎをし
なかったのか?」と、修行仲間の先輩に言われ、皆の前
で大笑いされたことでありました。

それは深く傷つきました…知らなった私、引継ぎをきち
んと受けていなかった私がお粗末だったんでしょうけれ
どね。

そしてそのとき、学んだような気がしました。「人は笑
われるために、今を生きているのではない」ということ
を。

宗門の教えに、次のような言葉がございます。『一つに
は布施、二つには愛語、三つには利行、四つには同事、
是れ則ち薩垂(さった)の行願なり』

どういうことかと云うと、仏の道を歩む者の心得【その
一】広い心をもつこと。【その二】優しい言葉をかける
こと。【その三】人の手助けをすること。【その四】思
いやりの心をもつこと。という教えです。

この言葉、だれにでも分かるような、当たり前のことで
す。けれども、その当たり前が当たり前のように実践で
きない私たちが居る、と言うことなのですね。心したい
ものであります。

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2020/04/11~20   忘れてはならぬもの

講師:高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

先日、「ならぬもの十訓」という標語を目にしました。
どのようなものかといえば

①忘れては ならぬもの「感謝」
②言っては ならぬもの「愚痴」
③曲げては ならぬもの「つむじ」
④起こしては ならぬもの「短気」
⑤叩いては ならぬもの「人の頭」
⑥失っては ならぬもの「信用」
⑦笑っては ならぬもの「人の落ち度」
⑧持っては ならぬもの「ねたみ」
⑨捨てては ならぬもの「義理人情」
⑩乗っては ならぬもの「口車」と書いてありました。

今回はこの、ならぬもの十訓その一、忘れてはならぬも
の「感謝」を紐解いてみましょう。

「感謝」と言う言葉の意味は、皆さんご存知のことであ
りましょう。ところが、実際に周りを見渡してみると、
言うは易く行うは難しなようで、感謝を表すのがとても
苦手そうな方を目にすることがあります。

たとえば、感謝の気持ちを伝える言葉のひとつに「あり
がとう」という言葉がありますが、歳を重ねるほど、ス
ムーズに言えなくなる言葉かもしれません。

皆さん、毎日の生活の中で「ありがとう」と、どれくら
い口にしておられますか?素直にありがとうと言えてい
るでしょうか?

ある土曜日の夕方、地元にあるスーパーマーケットに出
かけた折の出来事です。

週末の夕方ということで店内はとても混んでいて、レジ
にもかなりの列が出来ていました。順番待ちのお客さん
もそうですが、レジ係の人も少々イラつき気味なように
見受けられました。

待つことしばし、ようやく私の前の女性の番となり、そ
の女性が「これお願いします」と買い物かごを滑らせレ
ジの方に。レジの女性は「いらっしゃいませ!」と言う
てはいたものの、その女性に挨拶を返すというよりは、
下を向いたままで機械的に、まるで買い物かごに話しか
けているかのようでした。

そんな言い方と素振りに「忙しさへのイラつき」を感じ
る中、集計が終ってレジ係の人が金額を告げたときです。
支払いをする側の女性が穏やかな声で「ありがとうござ
いました」と言って、丁寧にお金を差し出したのです。

レジ係の人は、女性の穏やかな話し方と丁寧な態度に、
呆気に取られたような顔になり、すぐに言葉が出て来な
いようでした。「こちらこそありがとうございます」の
言葉が出ることなく、張子の虎の如くペコペコと頷くだ
けなのでありました。

その時、私は思ったのです、「ありがとう」という感謝
の言葉が言える人、言えない人、言い慣れてない人、そ
れぞれなのだろうけれども、相手を思いやる心、感謝の
心だけは忘れたくないものだと。

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2020/03/21~31   シイノキに学ぶ

講師:高知県 予岳寺 濱田道圓師

お寺の境内に大きなシイノキがあります。数え94歳の
住職が申すには住職の子供の頃より幹周りが変わらない
とのことです。測ってみますと幹回りが約3メートルも
あって驚きました。

このシイノキですが、四季折々に色々な落とし物をして
くれます。春には房状の花が落ち、初夏には葉が落ち、
風の強い時は枝、皮も落ちてきます。年中掃除を欠かす
ことができません。

そんな落し物の中でも、大勢の方に喜んでもらえる落し
物があります。それは何かというと、初冬に大きな実を
たくさん落としてくれるのです。その実をお参りの方や、
散歩でお立ち寄りになられた方がよくしゃがんで拾われ
て、懐かしんだり、お土産に持ち帰ったりと喜んで頂い
ております。

年明けの三が日に除夜の鐘の片付けをしておりましたら、
お散歩に来られた方が鐘楼堂からの景色を眺めてから、
しげしげとシイノキを眺めて居られました。

お話をしますと、以前は材木店を営んでいたとのこと。
木についてあれこれ助言を頂いて最後に「この地で偶然
芽を吹いて、何百年も雨風に吹かれながら、自然に合わ
せてこの枝ぶりになったと思うと感動しますね。」そう
仰られました。

シイノキをよく見ると、苔むして蔦の絡む大きな幹には
小さな虫たちが上り下りし、大きく広がった枝葉には鳥
が休んでいます。そう言えば、冬場の夜には、落ちた椎
の実を食べに狸も日参しております。

シイノキがこの場所で、様々な生き物たちに、毎年毎年、
繰り返し繰り返し、静かに沢山の恵みと楽しみを与えて
くれていたことに気付かされました。

このシイノキは、私が生まれるずっと昔からここに息づ
き、これからも、私よりずっと先まで生き続けることで
しょう。このシイノキのように奢ることなくゆったり静
かに、少しでも周りに恵みを与えながら一日一日を生き
ていきたいものです。今年の秋の椎の実が楽しみです。

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2020/03/11~20   ごちそうさまの先

講師:高知県 予岳寺 濱田道圓師

修行道場では、僧侶一人一人が応量器と言う器で食事を
頂きます。

食後には鉢を洗うと書く「洗鉢」という作法を行います。
洗鉢の際は、朝はお湯が、昼と晩にはお湯とお茶が給仕
され、そのお茶、お湯を器に移しながら器と箸をきれい
に洗います。そして、最後にお湯とお茶を細かい残りと
共に飲み、余すところなく食材を頂ききるのです。

そのためには、食事を作る方も気を配ります。油が多す
ぎる料理や、濃い味付けの献立ですと洗いにくく、お湯
やお茶を飲み辛いので、そこまで心配りをして作るので
す。そもそも無駄に濃い味付けは、体にはよくありませ
んね。

そういう心配りをして調理された食材を、洗鉢という作
法で余すことなくいただいたうえで、きれいに洗いあげ
た器は丁寧に拭き上げて次の食事に使います。修行道場
では、非常に洗練された無駄のない作法が連綿と続けら
れています。

先日、晩御飯を頂いた後に、略式ですがタクアンを使い
お茶で洗鉢しておりました。

すると小学校一年生の次女が私もやりたいと言って、見
よう見まねで洗鉢をやりはじめました。お茶を次の器に
移すときはこぼしたりしましたが、器をきれいすること
ができて、とても喜んでいました。

昨年、僧侶の研修会に出席した際、SDGsについて学
ぶ機会がありました。「持続可能な開発目標」という訳
ですが、私はその言葉を研修会で初めて耳にしました。

その研修で学ぶうちに、ふと洗鉢のことを思い出したの
です。

器を少量の水で洗鉢の要領で洗えば、洗い物がなくなり
水の使用量を大きく減らすことができます。食べ物の細
かい残りも、お湯やお茶と共に頂きますので水を汚すこ
ともありません。

目の前の食事に対する感謝はもちろんですが、作ってく
れた方、自然の恵み、そして食事を頂いた後の自然や環
境にも心配りが込められているんだなと改めて感じまし
た。

一人だけ個人だけの行動では大きな変化は望めないかも
しれませんが、大勢の人が同じように行動を起こせば、
それは大きな力となり物事を動かせることでしょう。か
けがえのない地球を感じながら食事を頂きたいものです。

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2020/02/21~29   出来ることを

講師:高知県 予岳寺 濱田道圓師

昨年は改元の年でありました。その昔には、地震等の
天変地異などの凶事、また珍しいめでたい事が起こっ
た時などでも改元があったそうです。災難があればそ
れを断ち切るように、良い兆しがあれば長く続くよう
にと祈りを込めたのでしょう。

令和二年の今年は近年類を見ない程の暖冬です。最近
の挨拶も「今年は暖かいですね」が多い気がします。
新聞やニュースなどでも雪不足に悩むスキー場や観光
地の話題をよく耳にします。

思い返せば去年の冬は積雪のため、車が立ち往生した。
何日も道路が不通になった、除雪中に事故に見舞われ
た。そんなニュースが多かったように思います。

昨年は「過ぎたるは及ばざるが如し」が当てはまりま
すが、今年は「及ばざるは過ぎたるが如し」と言った
ほうが良いのではないかと思う程です。

私たちの営みというものは、天候ひとつに左右される
ような不確かなものだったんだと改めて感じる雪事情
でした。

そして、気が付けば、もう間もなく東日本大震災から
九年が経とうとしております。地震も天候同様、私た
ちの意思に関わらず発生し、この自然の猛威を止める
術(すべ)はありません。自然のちからの前では私た
ちはあまりにも無力であることを痛感させられた大災
害でした。

しかし、何も出来ないわけではありません。私たちは、
困っている人に思いを寄せることができます。その思
いを行動に移し、力になることができます。そしてそ
の方の為に祈ることが出来ます。

過去に何度も大きな災害に見舞われた日本が、今もこ
うして逞しく続いているのは、先人たちのこうした思
いと行動が途切れることなく受け継がれてきたからで
はないでしょうか。

発災より九年経とうとしている今、私自身思いを新た
にしたいと思います。大勢の犠牲となった方々の御霊
安らかにと念じ、また被害を受けた方の安寧を心より
お祈り致します。

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2020/02/11~20   まんまるの心

講師:高知県 予岳寺 濱田道圓師

先日ラジオを聞いておりましたら、ある女性の投稿が耳
に残りました。

その女性は中学生の頃ある山に遠足で登り、海まで見渡
せる風景を眺めたときから感じていた長年の疑問を投稿
したのでした。

彼女の疑問はこうでした「地球は丸いというけれど、全
然丸く感じられない。どうしてですか?」。すると先生
は「近すぎるからだよ。」とこう答えました。

なるほど、立っている地球を丸いと感じることはありま
せん。近いからと言っても、そのものの本質は見えない
ものなのだなと感じました。

それから幾日か経ったある日のことです。子どもたちの
習い事を迎えに行った帰り、それは立派なまんまるのお
月さまが出ており、子どもたちはずっと眺めておりまし
た。

もうじきお寺に着くという頃に、長女が「お月さま、ず
っと追いかけてくる」と言いました。私は「お月さまは
ずっと遠くにあるから動かないように見えるんだよ」と
言いました。

近いとその全体は見難く、遠いとしっかり全体が見える
ことがよくあります。

恥ずかしながら、子供にかたづけをしなさいと言いなが
ら、私の机が一番片付いていなかった、そんなことがま
まあります。

私達の人間関係の中でも、気付かないうちに自分の事を
棚に上げて厳しいことを言ったり、逆に余りにも周りに
気を遣いすぎて、気付かぬうちに沢山の事を背負いすぎ
たりしていないでしょうか?

自分のことも周りのひとのことも、分け隔てないまんま
るの心を持って過ごしたいものです。

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2020/01/21~31   作法是宗旨(さほうこれしゅうし)

講師:徳島県 城満寺 田村航也師

「お作法」という言葉は、今の日常ではほとんど聞かれな
くなりました。ものごとをするには最もすぐれた仕方があ
り、それを形にしたのが「お作法」ですが、自由と創造性
に価値を置く現代には置いて行かれたような感がいたしま
す。

しかし、一見すると複雑で煩雑にさえ感じられても、長い
年月に育まれてきた「お作法」には、素晴らしい教えが込
められているものです。

たとえば、僧侶の食事の作法について考えてみましょう。

私たち僧侶の食事の作法は、僧侶の使う「応量器」という
食器を中心としています。応じるの応に、食べる量の量、
そして器(うつわ)と書きますが、自分の食べる量に応じ
た器、という意味です。

食べ物の施しをくださる方から、この応量器で、自分の体
に必要な量だけ食べ物を頂戴し、食べ過ぎないように、ち
ょうど良い量で食事をするのです。

応量器は、木でできた、黒い漆塗りの器です。僧侶の食事
にはお施主さまがおられて、仏さまと同じように、僧侶に
対して心を込めたお食事のお供えをしてくださいます。

僧侶の側も、この体を仏さまと同じように見て、必要な食
べ物を入れて差し上げる、私たちを生かしてくださるこの
体にお供えする気持ちで食事をします。

お供え物の器なので、きれいにお手入れされた漆の器を使
い、ゆったりとした無駄のない作法で、ととのった姿で食
事をするのです。

また、白木の器は汚れて体を壊す恐れがあるとされますが、
私たちの日本には、漆という優れものがありました。漆の
器は英語でジャパンとも言われ、日本を代表する技術です。
漆を使えば、木の器でも金物と同じようにしっかりと汚れ
を落とせますし、湿気にも耐えるので、禅道場の僧侶たち
は漆の器を使ったのです。

作法どおりに、毎度の食事のたびに漆の応量器を丁寧に洗
い、カビないようにしっかりと拭いて、重ねてしまってお
きます。

このように、食事に関する仏さまの深い教えが込められ、
食べ物と食べる人の体を衛生的に守ってくれる応量器です
が、これを正しく扱う作法によって、仏さまの深い教えが
守られてきます。

そのため、禅道場では「作法是宗旨」と言いまして、「お
作法」がそのまま、仏さまの教えの最も大切なところとな
るのだ、と理解されております。「お作法」のひとつひと
つに意味があり、その順番にも大切な知恵が隠されていま
す。

みなさまにも、おじいさまやおばあさま、お父さまやお母
さまから教わった、忘れてしまいそうな「お作法」はあり
ませんか?「作法是宗旨」、いまこそ、先人の知恵を見直
す好機です。

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2020/01/11~20   威儀即仏法(いいぎそくぶっぽう)

講師:徳島県 城満寺 田村航也師

『威儀』(いぎ)という言葉はご存知でしょうか。「威
儀を正す」という言葉があります。服装や姿勢を正して
整った雰囲気を出すことで、「襟を正す」と同じような
言葉です。

禅の道場では『威儀』(いいぎ)と発音しまして、服装
だけでなく、歩いている時、止まっている時、座ってい
る時、横になっている時という、私たちの立ち居振る舞
いのすべてを指して、四つの威儀、『四威儀』(しいい
ぎ)と呼びます。

これを正していく、つまり、慈悲深いお釈迦さまと同じ
ようにしていくことで、自然と仏さまが日常に現れてく
るとの教えがあり、『威儀即仏法』と言われております。

僧侶の服装といえば、和服を着ているイメージがあると
思いますが、実はいろいろな服を着ています。インドの
お釈迦さまを慕ってお袈裟を掛け、中国の禅師さま方を
慕って衣を着て、その下に日本の風土に合わせて和服を
着ています。お釈迦さまや禅師さま方のように生きたい、
と心から願って、同じ服装をしているのです。

夏になると「和服で暑いでしょう。」とお声掛けをいた
だきますが、実はそうでもありません。内側に着た和服
は、流した汗を上手に利用する仕組みになっており、汗
が和服を程よく湿らせたところに袖から風が回るように
なっているので、冷房がかかった部屋では寒いくらいで
す。

冬は生地の厚い着物を着て、体温で温めた空気がふわり
と体を包むようにします。暖房などで乾燥やノボセに悩
むことが少なく、体も強くなります。

冬には暖かく夏には涼しく、しっかりとお釈迦さまの道
を歩むことに集中できるよう工夫されています。和服は、
私たち日本の風土では、本当は欠かせない着物と言える
でしょう。

私が子供のころのテレビドラマなどでは、仕事から帰っ
たお父さんが家で和服に着替える、というシーンをよく
見たように記憶していますが、今日では日常生活の中で
和服を着る機会は、ほとんどなくなってしまったように
思います。

そこで提案ですが、私たち日本人の古い知恵を慕って、
和服を着てみるのはいかがでしょうか。最近ではゴムで
できた素敵なデザインの便利な帯などもありますので、
なかなかおしゃれでもあります。

和服の襟をきれいに重ね、帯を締めると、心も調い、見
る方にも清々しい気持ちがいたします。そしてさらに、
心身が調えば、姿だけでなく行いまでも、自然に調って
きます。これを表したのが、「威儀即仏法」という言葉
です。

私たち僧侶も、お釈迦さまと同じ姿になる坐禅の時には
特に、「必ず袈裟を掛くべし、略すべからず」と言われ、
服装まできちんと整えて初めて、お釈迦さまの道を歩め
るとされています。さあみなさん、今年も、襟を正して、
まいりましょう。

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2019/12/21~31   人間は死で終わりではない

講師:徳島県 城満寺 田村航也師

以前お寺に、癌で余命宣告をされたご高齢の方が、ご相
談に来られたことがありました。

もうすぐ命がなくなるが、死を前にして、何をしたら良
いか分からない、教えてほしい、ということでした。

この問いに対する答えは、人によって様々あり得ると思
います。もちろん、人が死んだ後にどうなるかは、分か
りません。ただ、死に対する態度に関しては、ひとつ確
実に言えることがあります。

それは何かというと『私の存在を覚えていてくれる人が
いる』ということです。人というのは「人間」と言いま
して、これはもともと「じんかん」。つまり、人は人の
間でしか生きられない、という意味が込められています。
必ず誰かとご縁がつながっていて、覚えている人がいる
のです。

それならば、その覚えていてくれる方々にとって『何か
の力になれるように覚えていていただくこと』が大切な
のではないでしょうか。あの人はこの時に、こうして私
を励ましてくれたな。あの人だったら、こうして導いて
くれるだろうな。というように、困難に直面した時に思
い出して、前に進む力になるような存在として覚えてい
ていただけるように、最期まで生ききる。そうすること
で、私たちの肉体の死をも、乗り越えていけるのではな
いでしょうか。

私は、まだ若輩者ですが、あの織田信長で有名な「人間
五十年」に習って、自分の人生は50までと考えて暮ら
しています。

それを聞くとみなさん、大抵はお笑いになるのですが、
道元禅師がお亡くなりになったのは53歳、瑩山禅師は
62歳です。人間五十年、果たして私は50歳まで生き
られるだろうか?と、本気で考えています。

そして、そうすることで、あと10年。禅僧として何を
なすべきか、ということがハッキリと分かってくるので
す。

人間は、死でもって終わりということは、ありません。
死というひとつの着地点が、ご縁ある方々の中に生きる
出発点となるよう、一日一日の大切さを噛みしめながら、
最期まで歩んでまいりましょう。

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2019/12/11~20   お茶の飲み方を変えてみよう

講師 徳島県 城満寺 田村航也師

皆さんお茶は、よくお飲みになりますでしょうか。最
近では、ペットボトルのお茶の種類も多種多様に充実
して、日常生活に、なくてはならないものになりまし
た。

ペットボトルのお茶でも標準となっているのは、緑茶、
煎茶ですが、この煎茶に、煎茶道というものがありま
す。

初めてお聞きになる方も多いと思いますが、煎茶の茶
席に入りましたら、みなさん、びっくりされるのでは
ないかと思います。

私は初めて煎茶のお席に招かれて、いただくお茶が出
てきた時た時のことを今でもよく思い出します。

普通の湯呑茶碗にお茶が出てくるかと思いましたら、
とても小さな器に、お茶がほんの一、二滴なんです。
思わず目を見張ってしまいました。

ところが、この一、二滴のお茶の、香りと味が本当に
素晴らしいのです。私が知っているお茶とは、まるで
別世界のものでした。そして、いただいた後も、ずっ
と豊かな気持ちが続きました。ペットボトルのお茶は、
喉の渇きを癒すための飲み物ですが、煎茶道のお茶は、
香りと味を味わうものだったのです。

普段はどうしても、ペットボトルの増量とか見た目に
気を取られやすいですが、香りと味を通してお茶その
ものにじっくりと向き合う体験をさせていただいた感
動は、何物にも替えがたいものでした。

それ以来、お茶を淹れる時には、お湯でトロトロと、
トロみがつくくらいで淹れて、お茶の息吹を感じられ
るようにしています。

また、お寺などでは仏さまにお供え物をしますが、仏
さまは「香食」、香りの食べ物と言って、その香りを
お食べになるのだと言われていて、法要の際に仏さま
にお供え物をするときなどは、何人ものお坊さんが丁
寧に渡し合いながら仏さまにお供えします。

仏教の言葉に『蜂の花を採るに、ただその味のみを取
りて、色香を損せざるが如し』というものがあります。
「蜂は、花の蜜を吸うのに、その味わいだけを取り、
花の香りや美しさをまったく傷つけることがない。」
という意味です。この言葉は、まさに「香食」を表し
ていますね。

師走で何かと気ぜわしくなる時期ですが、飲み物や食
べ物に限らず、生活全般について、焦ることなく、慌
てることなく、じっくりと取り組んでいきたいもので
す。

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2019/11/21~31   信仰の姿に

講師 香川県 南隆寺 大石光昭師

十二月に入ると全国の禅の道場では、お釈迦様のお悟り
のお徳を偲んで朧八摂心という、坐禅三昧の修行が始ま
ります。

新居浜市にある修行道場、瑞應寺さまでは、その摂心中
に老師から必ず一度は「跏趺坐(かふざ)を画(えが)
けるを見て魔王もまた恐怖(くふ)す」このようにお示し
いただきます。手も足も出さない坐禅でありながら、お
釈迦様と同じく足を組んで坐るだけで、その悟りを邪魔
しようとする魔王さえも恐れおののくという意味です。

もう二十年ほど前、こんなことがありました。

私が住職をしているお寺では毎週日曜の朝六時から坐禅
会をしています。秋が始まった頃から時々、坐禅が始ま
って十分ぐらい過ぎた頃に、坐禅堂の横にある六地蔵さ
んの前の砂利を踏みしめる音がしていました。私はてっ
きりお墓参りの方とばかり思っていたのですが、日が昇
るのが遅くなって、まだまだ暗いのに砂利を踏む音がし
ます。私は「暗いうちからお墓参りはおかしいな?とか、
坐禅に遅れてきた人かな?」程度しか思いませんでした。

明るい時季には気がつかなかった坐禅堂の明かりも、夜
明けが遅くなるにつれ、うっすら点いているのが、「そ
の人」は気になったのでしょう。かすかな足音が入り口
へと近づいてきました。中では十人余りの人が壁に向か
って坐っています。私も入り口に背を向け坐っています。

やがて、背後で扉がゆっくりと開く気配がしました。そ
の瞬間、それまでの用心深さとは打って変わって、「ド
ンッ!」と、扉が締る雑な音がしたかと思うと、慌てた
ように走り去る足音。

わたしは「あっ!!」と思い、一段高くなった坐禅単か
ら飛び降り素足のまま後を追いました。境内から参道の
坂を見下ろすとすでに、下向きに止めてった自転車に飛
び乗ろうとする姿が見えました。正に這々の体(ほうほ
うのてい)。そう、賽銭泥棒だったのです。誰もいない
と思って開けたお堂にズラーッと居並ぶ跏趺坐を描いた
生きた仏さまを見て、よほど驚いたのでしょう。坐禅堂
へ戻ると皆さん何事もなかったかのように黙々と坐って
いました。賽銭泥棒はそれ以来パッタリと来なくなりま
した。

坐禅だけでなく、掌をあわす、お線香や花を手向ける、
姿勢を正す、礼拝をすることも同じです。私たちは、自
分自身の知らないところで自分自身の「信仰の姿」にち
ゃんと守られ救われているに違いありません。

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2019/11/11~20   自分のため

講師 香川県 南隆寺 大石光昭師

拙寺では、新年のお札を遠くのお檀家さんには郵送です
が、近くのお檀家さんには歩いて回ってお渡ししていま
す。

私が住職になった頃、もう三十年近くも前のことです。

お札を持って訪ねると、家事をしていた年老いたお檀家
さんが「何も用意が出来てなくて」といいながら、かっ
ぽう着で手を拭きながら奥から出てきて「はだかでごめ
んなぁ」と言いながら、私が立つ玄関のほうが明るいも
のですから、まるで私に財布の中身を見せるかのように
してガマ口を開きました。

中を覗くつもりはないのですが、きれいに四つ折りにさ
れた数種類のお札が並んでいるのが目に入ります。あま
りたくさんのお布施を頂いても恐縮なので、心の中で、
それじゃない、そんなに頂かなくても…と心の中で叫ん
でしまいます。

しかしながら、そんな私の心の声はお檀家さんには伝わ
らず、一万円札をつまんだ手が私の前に突き出されたの
です。

私は思わず「イヤイヤ、そんなに頂いたら…」と言いな
がらその手を遮ります。何度か「どうぞどうぞ」「イヤ
イヤ」と押したり引いたりの後、最終的には頂くことに
なります。

たくさん頂いたから余計にお礼を言うわけではないので
すが、「すみません、ありがとうございます」と何度も
お礼を言ってしまいます。そうするとお檀家さんは少し
憤慨気味に「そんなにお礼を言われたら私がしたことが
何にもならん」「これはお寺のためにするんではないで。
ましてや和尚さんのためにしよるわけでもない。私のた
めにさせてもらうんや。」と青二才の私を諭すかのよう
に言って下さいました。

瑞應寺での修行時代、寒行托鉢に出る朝には必ず老師か
ら「尊公 (お前) らは浄財を頂いてペコペコしているん
だろう。南方のお坊さんは毎日出かけては食事を頂く。
しかし、絶対に頭を下げない。頭を下げると浄財を下さ
った方が『浄財を喜捨して徳を積んだのに、お礼をされ
たら差し引き0になり、積んだ徳がなくなってしまう』
と言って怒るんだ。」このようにいわれてお寺を出ます。

しかし案の定「施財の偈」を唱えて丁寧に頭を下げてし
まいます。まだまだお坊さんとして自信がない証拠です。

退職金をつぎ込んでお遍路さんのお接待所を建てた愛媛
県のご夫婦から伺ったお話しです。最初はお遍路さんの
ためにお接待しているつもりでした。しかし、五年が過
ぎた頃あるお遍路さんを見送りながらお互いのうれしそ
うな横顔を見て、気付いたのだそうです。「なんのこと
はない、お遍路さんのためにしていると思っていたお接
待も実は自分のためにさせて頂いているんだ。」と笑顔
で語っていました。

世のため人のためとやっているつもりでも、全ての行な
いは自分のためにさせて頂いているのですね。

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2019/10/21~31   人身受け難し、今已に受く

講師 香川県 南隆寺 大石光昭師

お檀家さんのIさんは戦後生まれで、真面目を絵に描い
たような方です。数年前、年老いたお父さん母さんを相
次いで見送りました。

ご両親の三回忌のご法事に伺い、ご供養が終わった後で
お仏壇の中に小さなお位牌があることに気がつき、「こ
ちらのお位牌はどなたですか?」と尋ねると「あ~、こ
れは私の姉さんです。私はこの姉さんのおかげで生まれ
てこられたんです。」と、お答えになりました。

お話しを聞かせていただきますと。

戦時中、Iさんのお父さんお母さんは仕事の都合で大阪
に住んでいました。大阪大空襲の直前にお姉さんが生ま
れ、お母さんの郷里である香川県へ疎開しようと相談し
ていた矢先、何度目かの空襲のときに逃げ込んだ防空壕
の中で、生まれて間もないお姉さんは火が点いたように
泣き出してしまい、どんなにあやそうが泣き止みません。

奥にいた男の人にうるさいからと出て行くようにいわれ、
お母さんは、乳飲み子であるお姉さんを抱いて泣く泣く
外へ出ました。まるで雨が降るように落ちてくる焼夷弾
の中、どこをどう逃げたか、一晩中さまよっていたそう
です。

朝になって、お母さんは夕べ逃げ込んだ防空壕があった
であろうあたりに戻ってきて、その場へへたり込んでし
まいました。なぜなら、防空壕があった所は直撃弾を受
けて、えぐられたような大きな穴が開いていたのだそう
です。九死に一生を得てお母さんとお姉さんでしたが、
香川へ帰って4年目に、Iさんと入れ替わるように亡く
なったのだそうです。

そういえば私の父も勤労動員で大阪にいて、同じ空襲に
遭ったと生前話していました。寮から飛び出して、一晩
中逃げ惑い、朝になって寮に帰る途中、路面にあいた無
数の穴を見て「よく頭に直撃弾があたらなかったものだ」
と思ったそうです。帰ってみると、寮は焼け残っていた
そうです。

これを聞いた頃、私はまだ小さくて、父の横顔を見なが
らも、こうやって話を聞ける自分の存在の不思議さや有
り難さなどあまり感じませんでした。

Iさんや二人の子どもさん、そしてお行儀良く坐ってい
るお孫さんも、あの時お姉さんが防空壕の中で泣かなけ
れば、この一家は私の前にはいません。

そう思えば、私の隣にも、前にも後ろにも、あなたの隣
にも生まれてくるはずだった無数の命があった事に気付
かされます。

Iさんはおっしゃいます。「そのような中で選ばれて頂
いた命、どのように生きるかということを常に問われて
いるという思いで、唯々真面目に生きてきました。」と

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2019/10/11~20   胴面(どうめん)塚のこと~寛容は癒やし~

講師 香川県 南隆寺 大石光昭師

高松市の郊外、金比羅街道に添って走っていると「胴面
塚」と書いた看板が目につきます。長い間、そこを通る
度に「何だろう?」と思っていました。

あるとき地元の新聞にその「胴面塚」の由緒が記事とし
て掲載されていました。

その昔、天正年間(1573~1593)この地を治める豪族と、
阿波(今の徳島県)の三好郷というところを治める豪族
が争っていました。

阿波の豪族は和睦を持ちかけようと、三好清重という武
将を使者として書状をもたせます。その書状の最後には
「この使いの者の、首をはねても差し支えなし」と書か
れていましたが、哀れ、三好清重は全く字が読めません
でした。

かくして、はねられたその首は200メートル以上も飛
んでゆきました。胴体と首(いわゆる面)はその後、村
人たちによって別々に手厚く葬られ、祀られたので「胴
面塚」と呼ばれるようになったのです。今でも大きな道
の東西に分かれて祀られています。長く仕えた主人に裏
切られた武将は、さぞ主人を恨んだに違いありません。

しかし、ここから話は意外な方向へと展開していきます。
霊となった三好清重は、主人を恨むどころかこのように
願うのです。「私は、文字が読めないばかりに首をはね
られる羽目になった。もし学問を志すものが私に手を合
わせ供養するならば、きっと学問の道を成就させよう」
と、誓いを立てるのです。

憎んでも憎みきれず怨霊となって禍を為し、未来永劫自
らの怒りにもがき苦しまなければならないところを、自
分の浅学を恥じ裏切られた主人を寛大な心で赦すことで、
自らの心は癒やされ、成仏へと導かれたのでしょう。

それどころか今では、学問の神として崇められ、受験シ
ーズンだけでなく、絶えずきれいな花が手向けられてい
ます。

お釈迦さまの六波羅蜜(ろっぱらみつ)という教えの三つ
めに忍辱(にんにく)というお示しがあります。

忍辱とは辱め(はずかしめ)や憎しみ、怒りを抱くような
ことをされたり感じたりしても、それらに耐え忍ぶ心を
養うということです。

耐え忍ぶと聞けば、まことに厳しく辛いように感じます。
でも、決してそれだけではありません。ひとに辱めなど
を受けても、その相手を「寛容な心で赦す」そのような
教えでもあります。このように聞くとグッと心が楽にな
り癒やされますね。

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2019/09/21~30   悪口を言われたら

講師 愛媛県 法蓮寺 川本哲志師

インターネットやスマートフォンの普及により、SNS
やブログで心無い誹謗中傷が増えていると聞きます。個
人名を挙げて悪口を言ったり悪質な投稿をしたり、それ
が原因で自殺に追い込まれる人もいますので、便利にな
った一方で大きな問題を抱えています。顔の見えない悪
口や嫌味や中傷にどう対処していけばよいのか、難しい
時代になりました。

実は、お釈迦さまのような素晴らしい立派な方でも、悪
口を言われることがありました。それは仏教以外の宗教
を信じている若者でしたが、お釈迦さまに対してありっ
たけの悪口で罵りました。お釈迦さまはそれを黙って聞
いた後に、「私がその悪口を受け取らなければ、ここに
悪口が残るだけだ」とおっしゃいました。そこで若者は
「いくら受け取らなくとも与えた以上は与えたのだ」と
言い返しましたが、お釈迦さまは「悪口に悪口で返すこ
とが受け取ったということだ。その反対に何も思わなけ
れば、あなたが与えたと言っても私が受け取ったのでは
ない。」と答えました。若者は「それではあなたはいく
ら悪口を言われても腹が立たないのか」と聞くと、お釈
迦さまは「怒りに怒りをもって報いるのは愚か者のする
ことだ」とおっしゃいました。若者は自分の愚かな行為
を反省してお釈迦さまの教えを聞く信者になりました。

人は誰しも、他人から褒められたい、悪口を言われたく
ないと思います。それゆえに、悪口を言われると否定し
たくなります。自尊心を保とうとするわけですが、これ
はいわば名誉欲です。お釈迦さまのように、どんな悪口
に対しても毅然とした態度でいられるのは難しいでしょ
う。しかし、何も言い返さなくても、報復しなくても、
自分の人間としての価値は何も変わらないのです。そも
そも、いつも腹を立てていたり恨んだり憎んだりの状態
だと、決して楽しい人生、充実した人生とは言えません。

売り言葉に買い言葉で、いわれのない悪口にカッとなっ
て怒り返せば、結局損をするのは自分自身です。短気は
損気です。本当に的を射た批判ならありがたく反省する
べきですが、的外れな非難中傷なら受け取らなければい
いということです。

お釈迦さまは「智慧有る者に怒りなし」と言われていま
す。日頃から自覚していれば、冷静さを失わずにすむで
しょう。

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2019/09/11~20   心の中の観音さま

講師 愛媛県 法蓮寺 川本哲志師

先日、あるお檀家さまのお葬式を勤めさせていただきま
した。五十八歳の男性でがんを患って亡くなった方です。
お元気そうに見えましたが、突然に末期がんと診断され、
それからわずか半年での急逝で、会葬者の誰もが大きな
驚きと深い悲しみに沈んだ本当に辛く悲しいお葬式でし
た。

お葬式の全ての日程が滞りなく終わっての帰り際、喪主
を務められた故人の奥さまから大きな紙袋を差し出され
ました。「写経を奉納したい」という申し出でした。お
話を伺うと、ご主人さまがガンと宣告された日から恢復
を願って『般若心経』を写経していたそうです。中身を
確認すると、沢山の写経用紙が入っていました。

ご主人の看病で病院と自宅を往復する毎日で、ご心痛と
ご苦労は大変なものであったと思いますが、その合間を
縫って写経されていたようです。「残念ながら主人は亡
くなりましたが、せっかく写経させていただいたので、
お寺に奉納させてください」とのことでしたので、あり
がたくお預かりして帰りました。

それからしばらくしての四十九日法要の折、故人の奥さ
まが「住職さん、また持って来たのですが、かまいませ
んか?」と言われて差し出されたのは、『観音経』の写
経でした。ご主人さまが亡くなった後も、奥さまの写経
は続いていたのです。

「このお寺の御本尊は観音様だと聞きましたので、主人
が成仏するようにと願って、今度は『観音経』の写経を
してきました」と奥さまは言われました。四十枚ほどあ
りましたので、お葬式が終わってからほぼ毎日写経され
ていたのでしょう。

ご主人さまの闘病中、恢復を願って『般若心経』を写経
したけれど、その願いも空しくご主人さまは亡くなって
しまいました。奥さまの写経が見返りやご利益を求める
ためだけのものであったなら、そこで奥さまの写経は終
わっていたはずですね。では、奥さまがさらに写経を続
けられたのはなぜなのでしょうか?

それはおそらく、深い悲しみの中にありながらも、亡く
なったご主人さまのために何か自分に出来ることをした
いと願う、奥さまの純粋な気持ちの表れだったのではな
いでしょうか。

私が読経している間、奥さまはご本尊様に対して静かに
目を閉じてそっと手を合わせておられました。私はその
奥さまのお姿に手を合わせたくなりました。観音様の尊
いおだやかなお姿を、奥さまに重ねて見させていただい
た思いでした。

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2019/08/21~31   笑顔のお布施

講師 愛媛県 法蓮寺 川本哲志師

私の友人で、いつもニコニコしていて幸せそうな人がい
ます。「いつも笑顔でうらやましいよ」という話をする
と、「よく、そう言われるんだよ」と言っていました。
「人生楽しいでしょう」とか「悩みなんてないでしょう」
とも言われるそうですが、本人は悩んだり落ち込んだり
することも沢山あるのだそうです。

「長年飼っていた犬が最近亡くなって、元気が出ない」
と悩みを打ち明けてくれました。しかし、悲しい話をし
ている時も彼の笑顔は崩れていませんでした。「なぜい
つも笑顔でいられるの?」と聞くと、「いつもニコニコ
していたら良いことがある、と親から教えられたんだ」
と言っていました。

仏教には「和顔施」という言葉があります。和顔とは和
やかな顔と書きます。施とは布施の施です。お布施とい
うとお坊さんにお渡しするお金を連想しますが、優しい
微笑みをもって人に接することは、お金が無くてもでき
るお布施であるという意味です。楽しそうに笑っている
人を見ていると、自分も楽しくなって自然と笑顔になる
ことがあります。笑顔は雰囲気を柔らかくして周りの人
の心を癒し、元気を与えてくれます。

私は彼とは逆で、表情が無いとか不機嫌そうと言われま
すので、友人を見習って笑顔の練習をしようと思いまし
た。鏡の前に立って笑ってみると、鏡の中の私が笑いま
す。私が怒れば鏡の中の私も怒ります。当然のことなが
ら、鏡の中の私が怒るのではなく、鏡のこちら側にいる
私自身の怒りが鏡に映るのです。そしてそれは、誰かと
向き合った時も同じことなのではないでしょうか。

自分の心が相手に伝わり、鏡に映るように相手の心に反
応するのです。相手の態度は自分の心を映す鏡です。赤
ちゃんの笑顔を見れば、誰しも自然に心が和みます。道
で出会った人や席が隣になった人に笑顔であいさつをす
れば、きっと相手も自分も幸せな気分になれます。

笑顔は心掛け一つで作れます。落ち込んで元気のない時
こそ、まずは形から。笑顔を作ってみましょう。口角を
上げてニコッとすると、顔の表情につられて気持ちも明
るくなってきます。普段から和やかな笑顔を絶やすこと
のないように心掛けて、自分の周りにいる人たちに幸せ
を贈りましょう。

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2019/08/11~20   先祖を迎える

講師 愛媛県 法蓮寺 川本哲志師

夏の長期休暇を「お盆休み」と言いますが、家族や親戚
で集まったり、お墓参りに行かれる方が多いと思います。
お盆にはご先祖様の御霊が私たちの家に帰ってくると言
われております。そして、それに合わせて家族で集まろ
う、お墓参りに行こうというのがお盆行事ですね。

ところで、ご先祖様が帰ってくるということを小さな子
どもに説明するのに悩んだ経験はありませんか。私には
小学三年生の娘がいますが、なかなか上手に伝えられま
せん。

私の妻の父は十二年前に六十三歳で亡くなりました。妻
の父が亡くなった後に生まれた私の娘はおじいちゃんに
会ったことがありません。

娘が五歳くらいの時のことです。昔のアルバムを取り出
してきて、おじいちゃんの写真を見て「じいじに会いた
かったなあ」と言いました。それを聞いて私は「お盆に
は亡くなった人が帰ってくるから、じいじに会えるよ」
と話すと、「じいじが生き返るの?」とか「幽霊になっ
て出てくるの?」と聞かれました。「目には見えないけ
ど、あなたに会いたくて帰ってくるんだよ」と答えると
「見えないの?」と残念そうな顔をしました。「私もじ
いじに会いたい。幽霊やお化けはこわいけど、じいじな
ら会いたいな」と言っていました。孫の顔を見られずに
亡くなった義父にとっては、何より嬉しい言葉だと思い
ます。

それから何度もお盆を迎えましたが、未だにおじいちゃ
んに会えないことが娘にとっては不満のようですが、大
人たちが迎え火を焚いたりお盆用のお供え物をしたりす
る姿を見て、何となく理解してくれているようです。

ある時、娘がおやつにもらったお菓子を「じいじにおそ
なえしてくる」と言って、遺影の前にお菓子を置いて手
を合わせていました。子供は子供なりにじいじの存在を
感じてくれているようです。ご先祖様や家族に対する優
しい気持ちを失わずに成長してほしいと思います。

「幽霊」と聞くと何やら不気味に感じますが、懐かしい
おじいさんやおばあさん、お世話になった人、大好きだ
ったあの人だったらどうでしょうか?顔を見たい、声を
かけたいと思いませんか?ご先祖様もきっと、あなたに
会うために帰ってこられます。お盆の準備は地域のよっ
て様々ですが、盆提灯を用意したり、精霊棚をしつらえ
たり、迎え火を灯したり、ごちそうを供えたりして、ご
先祖様をお迎えしましょう。お盆にはご先祖様方と一緒
のひと時を、心穏やかに過ごしましょう。

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2019/07/21~31   こだわりを捨てる

講師:愛媛県 晴光院 曽根隆弘師

禅語には放下著(ほうげじゃく)という言葉があります。
捨ててしまえ、という意味ですが、決して物を捨てろと
いうことではありません。今さらどうしようもないこと
は、いつまでもこだわるな。雑念を捨てろ、ということ
です。

私が住職を務めるお寺の本堂には、師匠である父の筆に
よる水墨画の襖絵(ふすまえ)が収まっています。本堂
の東側の襖には松、西側の襖には中国の風景が描かれて
います。

師匠がそれらの絵を描き上げるのにとても時間が掛かっ
たことは知っていましたが、私自身は水墨画を習ったこ
とがないので、恥ずかしながら、絵が上手いかどうかは
全く分かりません。

去年、水墨画が好きな友人がきた時、その襖の水墨画を
見ながら「隆弘さん、水墨画の完成って何だと思う?」
と尋ねてきました。私は「え?普段は何気なく見ている
だけで、そんなことは考えたこともないなあ。もう飾ら
れているんだから、これで完成なんじゃないか?」

友人は「確かにね、もう襖になっているし、筆も入れて
なさそうだしね。でも、私は違うと思う。水墨画の完成
は、それを見る者が自分の心で色をつけて初めて完成す
るんじゃないかなあ。たとえばこの松、隆弘さんは何色
に見える?山の色は?季節は?」

私は「師匠の書いたものだし、上手い下手もわからない
し、色って言われてもねえ」と答えると、

「私は水墨画が好きでよく見るけど、その時の気分や、
こだわりによって同じ水墨画でも全く違うように見える
よ。明るくもなるし、暗くもなる。」と、友人は笑いな
がら話してくれました。

友人が帰ってから、あらためて襖絵を眺め「水墨画は、
誰が描いたものだからとか、上手いだとか下手だとか。
そんなこだわりを持って見るものじゃない。自分自身の
その時々の心の動きで、自由に色をつけて完成させるも
の・・・。だとすれば、私が毎日見ているこの水墨画も、
その日、その時の自分の心のままに相対した時、その日
その時ならではの色が見えてくるのではないか」と気が
つきました。

こだわりや思い込みは、私の日常のさまざまなところに
見ることができます。

たとえば、スマホのニュースなどもそうですね。スマホ
全盛の現代社会ですが、スマホで流される情報にはフェ
イクニュースといわれるような偽りの情報が溢れている
のだそうです。

そんな偽りの情報に振り回されていると、いつの間にか、
これはこうあるべきだとか、こういうものなのだとかと
いう間違った思い込みやこだわりに陥って、本当に大切
なものを見失ってしまいます。

「いや、そんなことはない。自分の考えは間違っていな
い!」そう思う方もおられることでしょう。しかし、な
らばこそ、自分の心にあるこだわりから一度離れてみま
せんか?自分のこだわりを一度捨ててみませんか?見え
ていなかった何か、気付かずにいた何かが見えるように
なるかもしれません。

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2019/07/11~20   無功徳

講師:愛媛県 西光院 曽根隆弘師

昔、中国の梁という国の王様が「私は即位して以来、お
寺を建て僧を養って仏教の興隆に尽くしてきたが、私に
はいったいどのような功徳が与えられるのでしょうか?」
と、禅宗の祖とも称される達磨大師に尋ねました。

王様からの「仏教のために尽くした見返りは何か?」と
いうような問いに対する達磨大師の答えは、たった一言、
「無功徳=むくどく」すなわち「見返りを求めない」だ
ったのです。

誰かのために何かをして、その見返りを求めない。言葉
では簡単ですが、なかなか実践できるものではありませ
ん。

知り合いの女性は、三歳になる姪ごさんを一週間の内、
何度か預かっているのだそうです。その姪ごさんを預か
る日に一番頭を悩ますのが何かというと、昼と夜の二度
の食事だそうです。「きょうは何が食べたい?」と聞く
と、三歳の子どもです。「何でもいい」という答えが返
ってきます。彼女は『何でもいいが一番困るのよね』と
心の中でつぶやきながら、この前は何を作ったかな?何
が嫌いだったかな?アレルギーはあったかな?などと考
えながら試行錯誤して準備するそうです。

可愛い姪なので悲しい思いをさせたくない、楽しく過ご
したい。美味しいものを一緒に食べたい。そんな思いが
あるのでしょう。そして、そうやって作ったご飯を姪ご
さんが全部食べてくれた時の嬉しさは格別で、とても言
葉では言い表せないそうです。

彼女のこの行いと喜び、見返りを求めない姿こそ、まさ
に達磨大師の一言、「無功徳」ですね。

食事の支度に限らず、自分のしたことが誰かに喜んでも
らえたならば、お礼や見返りなどなくても自分自身がう
れしくなり、きっと満足できるはずです。

しかし、そうは言いながらも、毎日の生活の中では「あ
んなにしてあげたんだから」などと見返りを期待するこ
ともあるのが人の常ですし、思い通りにならず悩んだり
苦しんだりすることも無いとはいいきれません。そんな
ときは、「無功徳・無功徳」と心の中で繰り返してみま
しょう。寄せていた眉間の皺が和らぎ、穏やかな心に戻
れたとき、それこそが本当の功徳です。

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2019/06/21~30   聞く耳を持つ

講師:愛媛県 晴光院 曽根隆弘

皆さん若いころに、先輩や上司から注意されたことはあ
りますか?そのとき、どんな気分でしたか?最近はどう
ですか?誰かに注意されたりすることはありますか?逆
に、後輩や周りの人を注意したりすることはありますか?

私は若いころ、本当によく注意されました。親に注意さ
れ、先生に注意され、周囲の人ばかりでなく、見ず知ら
ずの人にも注意されたことがあります。今思えば、そこ
に共通するのは、「この私の為を思って注意している、
私の間違いを諭してくれている」ということだったよう
に思います。

私は20代前半から僧侶の世界におりますが、僧侶とし
ての生活に慣れてきた20代後半に、ある老師から「最
近ふわふわしているぞ、もっと地に足を付けなさい」と
注意されたことがあります。

お檀家の方から僧侶として見られ、感謝され、手を合わ
され、それを自分のことだと勘違いしていたのだと思い
ます。そんな心の変化、心の驕りを老師が注意してくれ
たのです。

注意の後、老師は必ず「私が隆弘さんを注意するのは、
この先、あなたが間違ったことをしたり、考えたとして
も、誰も注意してくれないからなんだよ。注意されれば
いやな気持ちになると思うし、それを言う私だって嫌な
気分なんだが・・・隆弘さんが子供を持った時や、誰か
のことを本気で考えた時に、この気持ちはわかると思う
よ」と、笑いながら話されていました。

住職と呼ばれるようになり、子供も育てている今、老師
が話してくださった言葉の意味が、ようやく分かるよう
になってきました。そして、「自分を本気で気遣ってく
れる、よき師に出会うことができて、本当に有難いこと
だったなあ」としみじみ感じています。

法句経というお釈迦様の言葉の中に
『自分の過ちを指摘してくれる聡明な人にあったならば、
そのかしこい人に親しみなさい。あなたにとってよいこ
とであり、悪いことではない』。という教えがあります。

人はいくつになっても、間違いをしてしまうものです。
しかし悲しいかな、人は中々、自分で自分の間違いに気
づくことができません。「それは違うよ」と言ってくれ
る人こそ、もしかしたらあなたのことを本当に心配して
くれている人かもしれません。「注意された」と、いや
な気分になるのではなく、「間違いをおしえてもらった」
と素直に受け入れ、感謝することを心がけましょう。人
の言葉を受け入れる柔らかい力をもちましょう。

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2019/06/11~20   老いを楽しむ

講師 愛媛県 晴光院 曽根隆弘師

先日、お墓参りにきた方が「最近、もの忘れがひどくな
りましてね。眼鏡がないと思ったら自分の頭に掛けてい
たり、隣の部屋に物を取りに行って何を取りに来たのか
忘れたり。人の顔は分かるのに名前が出てこない。ほん
と、年は取りたくないです。」と、とても悲しそうな顔
で私に話しかけてきました。

こういったことは、ある程度の年齢を重ねれば、誰しも
経験することではないでしょうか。

この前、妻に「眉毛のとこになんかついてるよ。」と言
われて鏡を見てみると、それは少し目立つシミでした。
「えっ!?これ、もしかして・・・シミ?」と妻に聞く
と、妻は「歳だね~」と、私に言うのです。そういえば
近頃、小さな地図を見る時など眼鏡を外した方が見やす
いことがあります。

私は「自分は実際の年齢よりもはるかに若い」と思って
いたのですが、否定しがたい老いの兆しに気づかされ、
ショックを隠しきれませんでした。

お釈迦様は生老病死を示されています。人がこの世に生
まれてきたことは、苦の始まりであり、必ず老い、病気
になり、最後には亡くなる。それは避けることのできな
い苦しみだと示されています。

「老い」は単に容姿の変化だけでなく、若い頃には出来
たことが出来なくなったり、動作が鈍くなったりもしま
す。

しかし、「老い」はけしてマイナス的な要素だけではあ
りません。

若い頃には経験が浅くて気がつかなかったことに、年を
重ねてからようやく気づくということがあります。長年
蓄えてきた経験値による、老いたからこその判断力や先
見性もあるのではないでしょうか。

たとえば、今が旬のラッキョウや山椒の味などもそうで
すね。子供のころにはピリピリしたり苦く感じたりで食
べられなかったものが、美味しく食べられるようになる。
これは年を重ねたことによる豊富な経験値があればこそ
です。

年は取りたくない、いつまでも健康でいたいという思い
は、誰しもが願うことではあります。しかし、若さに執
着し、その執着が苦しみを生むのなら、今、置かれてい
る現実を先ずは受け入れてみましょう。老いとは人生の
深まりだと受け止めて、「老い」を楽しんでみませんか。
まずは、ラッキョウの酢漬け、山椒の佃煮のひと箸ごと
の味わいから。

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2019/05/21~31   命もモノも生かしきる

講師 高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

きょうは、私の大好きな樹木希林さんのお話をしたいと
思います。皆さんご存知のように、希林さんは昨年九月
の十五日に七十五歳で亡くなったのですが、私はとても
残念でなりませんでした。

私が希林さんを初めて知ったは、「沢田研二さん」のポ
スターを見て「ジュリー」と半分叫んでいるような婆ち
ゃん役で、とってもユーモラスで親しみを感じたもので
す。それ以外にも、多くのドラマに出演して私たちを楽
しませてくださいましたよね。皆さんにとっての希林さ
んはどんなお人でしたか?

その希林さんが遺した言葉をお寺に掲げております。そ
の言葉が妙に好きでして、ここでご紹介したいと思いま
す。

それは、こんな言葉です。「靴下でも、シャツでも最後
は掃除道具として使いきるの、ひとも十分生きて、自分
を使いきったと思えることが人間冥利に尽きることだと
思うの」と。

この彼女の一文を初めて見た時、深く心に響くものがあ
りました。言葉やニュアンスは違うものの、昔の偉い和
尚様が語り示してくれたように思えたのです。

モノを生かしきる、与えられた命を生かしきる、中々言
えない言葉です。ただ言うのではなく、語るのではなく、
彼女なりに実践してきたからこそ言える言葉なんだなあ
と、心に深く染み入りました。
 
希林さんも含め、物の無い時代を生きて来られた先人た
ち、そのご苦労たるや、今の私たちには想像を絶するも
のがあろうかと思うのです。

与えられた命を生かしきることが人間冥利であるならば、
私どもは自分の命だけでなく、食べ物でも衣類でも道具
でも、どんなものであろうとも、全てを大切な命として
生かしきらねばなりませんね。

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2019/05/11~20   今を受け止め生きる

講師 高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

田舎に暮らす私ですが、先日久しぶりに高知の市内へ行
ってまいりました。地元には無い活気と人の数に圧倒さ
れたとまではいきませんが、興奮に近いものがございま
した。

とある本屋を見つけ立ち寄ったところ、ふと目に止まっ
た本がありました。最近体調の変化が著しくなってきた
私が興味津々で手にしたのは「スゴイ年寄りbook」とい
う大胆に銘打った本でありました。

パラパラとページをめくっていると、そこには「自分の
老いは自分で磨くしかない!」とあったのです。自分の
老いを、いったいどう磨けば良いのでしょう?!

老いは確かに病ではないものの、時間を重ねて来れば、
どっかこっか悪くなるのは当たり前。使い込んだ家電製
品は新品の時の快調さが無なくなっていますよね。人間
の体と家電製品と一緒にしてはいけませんが、老いって、
それと変わらないように思うのです。

私は現在、無呼吸・高血圧・体調変化に悩まされており
ます。チャンと寝ているつもりなのに、いつともなく大
欠伸をしたり、ウツラウツラしたり。そんなことで少し
イラついたりもするのです。

お釈迦さまは「四苦」ということを説かれました。四苦
とは所謂「生・老・病・死」。人間は生きることさえ苦
しいと感じる時があります。老いていきます。病気にも
かかります。そして最後には、死んでいくわけでありま
す。そういった、人間の避けられないプロセスを説いた
のが四苦です。

この本を読みながら思いました。「若々しいことや健康
であること、元気で生きることだけを良しとするから、
苦しみを背負うことになるのかも知れない」と。人生は
捉え方ひとつで苦にも楽にもなるのかも知れないと思っ
たのです。

我が人生が終わろうとする時に、「与えられた人生を生
き切った」と思えるよう、先ずは、今の私を受け入れて、
物の見方や考え方、我が心を磨き続けることが大切なの
かも知れません。

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2019/04/21~30   草に学ぶ

講師 高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

四月に入り、今年二度目の草刈を致しました。私と家族
が暮らすお寺は、三方を山に囲まれており、三月の声を
聴くと一気に草が伸びだして、その草たちの息吹きに敏
感になる私でございます。

草刈りでは、エンジン付きの草刈り機を駆使して山門両
脇のスロープから始まって、参道の山際を約八十メート
ルほど刈り込みます。それを終えると、百五十坪程の畑
の脇の草たちが私を待ちうけています。

一日仕事とまでは申しませんが、朝七時過ぎから初めて
十一時過ぎまでは軽く掛かります。そんな草たちとの格
闘が、三月中旬から十二月の初旬まで月に二回。これが
和尚としての最低限の務めだと心得ております。そう言
うては格好良過ぎましょうか?

何度か休憩を挟みながらの草刈りですが、静かな所に位
置しているお寺ですので、エンジンを切ると鳥の声や、
風の舞う音。葉陰がゆらゆらと風と遊ぶ姿や、鼻を擽る
風の薫りが私を和ましてくれます。

そんなときに、キレイになった所と、まだそうでない所
に目を遣りながら、こんなことを考えるのです。「私は、
スクスク伸びようとしていた草の葉を切ってしまった。
なんて罪深いことだろう!」

そしてまた、こうも考えるのです。「伸びようとする葉
っぱは刈ったけれども、草の命までは取ろうとまではし
ていない」と。

そして、さらにまた、こうも思うのです「キレイに刈り
込んだ草に心があるのなら、その草の心を整えているの
だ」と。

かつて親たちが、時に生き方を間違いそうになる知恵の
及ばない私に「あっちに行くな、こっちへ歩め。悪いこ
とをするな良いことをせよ!」と、私を叱咤し激励もし
てくれたようにです。それはいわゆる、躾であり矯正で
ありました。

その反対に、手つかずの伸び放題の草にも心があるとし
たのなら、その草の心と態度は、上を向くもの、右を向
くもの、下を向くもの、左を向くもの。自由奔放でなん
でもありの状態になってしまします。

草も私たちの心も、伸び放題・勝手気儘になる前に、き
ちんと整えて行かねばなりませんね。

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2019/04/11~20   いま、この命を頂いているんだ

講師 高知県 浄貞寺 伊藤正賢師

ふと、「食べることの意味を、大切さを、ここで一度き
ちんと考え直してみないと、この先見えない大きな落と
し穴へと日本は進んで行くのかも知れないなあ」と、思
った平成最後の三月十一日でありました。

東日本震災から八年が過ぎました。あの未曽有の大災害
では、お腹が空いても何日も、おにぎりの一個も口にす
ることが出来なかった人が多くいたはずであります。そ
してそれは、あの時ばかりでなく、今この時にも日本の
どこかで、食べるものに事欠く生活を余儀なくされてい
る方々が大勢いると言われています。

そこで皆さんに「我々人間、何かしら大切なことを忘れ
ちゃいませんか?」と問いたいのであります。

実はここ数年、二月になると目を覆いたくなるような映
像がテレビのニュースを賑わせます。どういう映像かと
いうと、見るも無残な姿で廃棄される大量の恵方巻です。

正規の方法で廃棄処分する費用も値段に盛り込んであっ
て利益も確定されているからといって、それで問題は無
いのでしょうか?

勿体ないですよね?恵方巻は、さまざまな吟味した食材
を集めて調理した沢山の命の集合体ですよね?それをあ
んなふうに捨ててしまって良いのでしょうか?

私は、心痛むのです。阪神淡路大震災や東日本大震災で、
いま食べるものがないということを知った私達なのに、
あの日のことはもう絵空事になってしまったのでしょう
か?皆さんはどうお考えでありましょうか?

お釈迦様は「欲は抑えて、足ることを知りなさい」と私
たちに示して下さいました。今の私たちの現状をご覧に
なったら、さぞ嘆き悲しまれるに違いありません。私た
ちの日暮らしは、間違いなく「モノの命」を頂きながら
の日暮らしであることを忘れないで欲しいのです。

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2019/03/21~31   食べ物と自分がひとつになる

講師 徳島県 城満寺 田村航也師

これまで3回、『五観の偈』という五つの教えを題材に
して食べ物に向き合って来ました。五観というのは、漢
数字の五、観察の観、と書いて「五観」です。

きょうはまず、これをおさらいしてみましょう。

【一つには功の多少を計り、彼の来処を量る】食べ物が
どんな命から、どんな方々の手を経てここにあるか、食
べ物の過去を見つめてみよう。

【二つには己が徳行の、全欠をはかって供に応ず】自分
は食べ物の命を頂くのにふさわしい行ないをしてきたか、
自分の過去を見つめてみよう。

【三つには心を防ぎ過を離るることは、貪等を宗とす】
食べ物を頂く自分の心が、貪りや瞋りや痴かさに毒され
ていないか、自分の現在を見つめてみよう。

【四つには正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為な
り】自分がこれからいただく食べ物は、自分の体と心を
保つためのものなのだと、食べ物を見つめてみよう。

さあこのように、「食べ物の過去」と「自分の過去」。
「自分の現在」と「食べ物の現在」を観察して来ました。
となれば、あと二つありそうですね?

そうです、「食べ物の未来」と「自分の未来」ですが、
『五観の偈』は五つですので、あと一つしかありません。
どうしてだと思われますか?

そうです。食べ物を食べますと、食べ物と食べる自分が、
ひとつになります。つまり、未来は一つしかないんです
ね。

そこで、五観の偈の五番目は、【五つには成道の為の故
に、今此の食を受く】食べ物と一つになった私たちが、
人間として生きるべき道を正しく歩んでいけますように、
私たちの未来をみつめてみようということなんです。

私たちの体は、たとえ髪の毛一本でさえも「私が作りま
した」というものはありません。そこには、私たちが食
べた食べ物の命が生きているのです。そうやって自分を
見つめなおしてみると、この命、この体を善いことに使
っていけますように、という気持ちになりますね。

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2019/03/11~20   食べることに向き合う

講師 徳島県 城満寺 田村航也師

みなさんは食事の時、テレビはご覧になりますか?テレ
ビを見たり、ラジオを聞いたりしながら食事をする方も
多いことでしょう。あるいはお友達やご家族とにぎやか
に食べることもあることでしょうね。

それに対して修行道場では、お食事も坐禅のまま頂きま
す。坐禅ですから、脚を組んで姿勢を正し、黙って静か
に食べます。

給仕係の当番に当たっている方が食べ物をよそるのです
が、もういいです、という声も出してはいけないので、
無言のまま手で合図を出します。

姿勢を正して黙って食べなさい、とは、少し古めかしい
行儀作法のような気もいたします。けれども禅の世界で
は、食べ物は食欲で食べるのではなく、自分の体と心へ
の捧げものであり、お供えをするという行ないになりま
すので、姿勢を正して黙って食べるというのはとても大
切なことなのです。

では、お供えする場所はどこでしょうか?口ではありま
せん。お供えする場所は、おなかの中です。

まず食べ物を口の中に入れたら食器を置いて、姿勢を正
してよく噛みます。飲み込んで、のどを通っていくのを
ゆっくりと感じとるようにします。食べ物がおなかに到
着しますと、おなかがグググと動き、体と心がフッと緩
むところまで、じっくりと観察してから次の一口をいた
だくのです。

こうすると、今の自分に何が必要か分かるようになりま
す。たとえば、ごはんか、水か、塩気か。唾液がワーッ
と出てきたりする、様々な反応を感じることができます。
さらには、食べ物の力、特に旬の野菜の力強さなども味
わえるようになります。

みなさん、いかがでしょうか?食事をしながらテレビな
どを見ていて、食べ物を口の中に入れたらそれで終わり
にしてしまってはいませんか?

食べ物は私たちの体と心を保つ薬のようなものです。体
と心の反応を確かめながら、ゆっくりといただいてみま
しょう。

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2019/02/21~28   自分の心と向き合う

講師 徳島県 城満寺 田村航也師

みなさん、お好きな食べ物、好物の一品はおありでしょ
うか?

私は、今はお豆腐が一番の好物ですが、以前は卵が大好
きでした。卵焼き、ゆで卵、目玉焼き、オムレツ、どれ
も大好きだったのですが、ある日、卵をたくさん食べた
日を境に突然、卵を食べるとおなかを壊すようになって
しまいました。

実は卵は、いろいろなところに入っていまして、茶碗蒸
しやカスタードクリームはもちろんのこと、時には天ぷ
らやフライの衣に混ぜてある少量の卵にまで反応してし
まう状態で、大変に苦労しています。

子どもの頃、お菓子ばっかり食べちゃいけませんと、お
父さんお母さんの手を焼かせた覚えはありませんか?ど
んなに好きなものでも、度を越して食べては体を壊しま
すし、欲しい欲しいと求めてばかりいると心が辛くなっ
てしまいます。

仏教ではこれを、貪りと書いて「貪=とん」と言います。

その反対に、私たちは苦手な食べ物もありますね。子ど
もの頃、好き嫌いしないようにと言われ、嫌いなのに無
理して食べて、ふてくされたことはありませんか?いや
だというだけでなく、怒りの心を起こしてしまう。これ
では料理してくださった方の心や食べ物の命がないがし
ろになっています。

この嫌だという心を、目偏に真と書いて「瞋=じん」と
言い、怒る心と繋がっています。

「貪」と「瞋」の二つは、私たちの心の毒と言われ、三
つの毒『三毒』と呼ばれます。三毒の残りのもう一つは、
愚痴の「痴=ち」、愚かな考え違いです。

テレビ番組で、食べ物をぶつけ合ったり、無理に食べさ
せたりするものを見たことはありませんか?食べ物をお
もちゃにするというのは本当に愚かなことで、許される
ことではありません。まさに心の毒、ですね。

貪・瞋・痴、むさぼり・いかり・おろかさ、という三つ
の心の毒に犯されていないか、自分の心をよくよく観察
して、食べ物に向き合いましょう。

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2019/02/11~20   食べ物の過去と向き合おう

講師 徳島県 城満寺 田村航也師

皆さん今日の朝ごはんは、何を召し上がりましたか?私
たちは毎日、いろいろな種類の食べ物を食べていますが、
皆さんに思い出していただいたお料理では、具体的にど
んな材料を食べたことになるでしょうか?いろいろなも
のが材料に含まれていますね。

では、そんな食材の一つ、例えばお米に、自分がなった
つもりで考えてみましょう。

先ず、親の稲がいます。親の稲も最初は黄金色に実った
稲穂に連なる一粒の種でした。それが刈り取られ、種も
みとして倉庫でひと冬を過ごした後、苗床に植えられ芽
を出して苗になります。すると今度は田んぼに植え替え
られて、花を咲かせ、受粉をし、稲穂になります。

この稲穂の一粒一粒が、私たち自身であると想像してみ
て下さい。

ではその後、どうなるでしょう。稲穂としてすくすくと
成長した私たちは、刈り取られ、皮を剥がされて、削ら
れて、煮炊きされて、人間のお口の中に、ぱっくんこ・
・・。

ちょっと考えると、怖くなってしまいますね。自分が誰
かに食べられる、と考えたことがある方は、滅多にいな
いのではないでしょうか?

奈良の法隆寺にある、玉虫の羽を使っていることで知ら
れる国宝・玉虫厨子に、描かれている絵のひとつに、捨
身飼虎図というものがあります。これは、飢えて死にそ
うな虎に、お釈迦さまがその身を捧げるという場面を描
いたもので、お釈迦さまの素晴らしい勇気と優しさが表
現されています。

しかし、それを自分に置き換えてみると、虎に食べられ
るなんて、とてもではありませんが、そんな覚悟など出
来そうにありません。

でも、よく考えてみますと、私たちが食べているものは、
どれも、その覚悟を持っている命なのです。このことを
忘れてはいけません。私たちお互いが、善き生き方をし
ていく力として、活かしていかなければなりませんね。

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2019/01/21~31   まっすぐに

講師 高知県 予岳寺 濱田道圓師

皆さんは仙腸関節という関節をご存知でしょうか?大ま
かに言うと、尾てい骨のすぐそばにある関節で、足から
背骨に伝わる衝撃を和らげる、ダンパーのような重要な
役割を担っているのだそうです。

昨年のことですが、腰の痛みが引かず疲れもなかなか取
れないので、ご縁があったカイロプラクティックの先生
を訪ねました。

丁寧なカウンセリングの後で、姿勢を診て頂いたときに
「首が右に傾いてますね。背中の左側が張ってますね。」
と言われたのです。

私は坐禅をするときや、お勤めをするときなど、姿勢に
はかなり気を配っておりましたので「おかしいなぁ、そ
うかなぁ?」と少し半信半疑で話を伺っておりました。

そして、その原因を探っているうちにこの仙腸関節に辿
り着いたのです。わずか数ミリほどの関節のズレが背骨
のゆがみとなり、背中の張りや首の傾きに繋がっていた
のでした。

自分自身では正しい、まっすぐだと思っていた姿勢にも
小さな歪みがあり、その小さな歪みが別の場所で大きな
歪みになることを、身を持って経験しました。

次のような話の聞いたことがあります。砂漠のような何
もないところや、雪の降りしきる視界の悪い場所では、
人間はまっすぐ歩くことが困難になり、まっすぐ歩いて
いるつもりで左右どちらかに曲がり、大きく円を描いて
歩いてしまい、遂には遭難してしまう原因となるのだと。

一歩一歩は小さな歪みでも、やがてそれが遭難という大
きな歪みになるということなのでしょう。

「懺悔文」という二十八文字の短いお経があります。私
達僧侶は毎朝この「懺悔文」をお唱えし、気付かずに犯
した過ちや自分勝手な振る舞いを反省して新しい一日を
スタートします。

一日の始まりに、自分は間違ったことをしていないか?
自分勝手な考え方になっていないか?そう自分自身に問
いかけて、心まっすぐな日送りをしたいものです。

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2019/01/11~20   猫の先輩

講師 高知県 予岳寺 濱田道圓師

私が今のお寺に入りました11年前のこと。寺には、あ
る先輩がおりました。その先輩というのは・・・実はメ
スの雉猫なのです。私、大の猫好きなものですから、ど
うにかして手なずけようとしたのですが、どこかでひど
い目に遭ったのでしょうか、なかなかなつきませんでし
た。

それでも、妻が餌をあげたり寝床を作ったりと、それな
りに世話をしていましたら、しっかり餌だけは食べに来
る、立派な半野良の猫に仕上がりました。

ところが、2年ほど前のことでした。数日間、全く顔を
見せず気にしておりますと、妻が慌てて私を呼ぶのです。
行ってみると、イノシシ用の罠に左前足をガッチリ挟ま
れた先輩猫がいたのです。

余程もがいたのでしょう、体は汚れ放題でした。衰弱し
ながらも興奮し暴れる先輩猫は、罠から外してやろうと
する私の親指に噛みつき放そうとしません。仕方がない
ので、親指を噛まれたまま洗濯ネットに入れ、動物病院
に連れて行きました。

残念ながら、罠に挟まれた足は切断する他ありませんで
した。1週間ほど入院した先輩猫を連れ帰り、境内で放
しますと、難儀そうにヒョコヒョコ歩いてどこかに行っ
てしまいました。正直私は、走ることもままならない身
体だから、余り先は長くないだろうと感じておりました。

しかし、あれから2年。そんな心配を他所に、今でも何
食わぬ顔をして餌を食べに来ております。

最近、先輩猫と目が合ってハッと気づいたことがありま
す。「先輩猫は足を失っても懸命に生きてきた。そして
今も足を失った自分をありのままに受け入れ、今のあり
のままの自分の姿で毎日を生きている。翻って自分はど
うだろう、何かと言い訳や不平不満をこぼしてばかりじ
ゃないか?」そう気づかされたのです。

『生きていれば、怪我をすることもある、病気になる事
もある。いつまでも若い時のままではいられない、諸行
無常だ。移り変わるものだからこそ、かけがえのない今
この時を、今日のこの一日を大切に生きるだけなんだよ』

私は、先輩猫にそう教わったように思います。

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